FC2ブログ

-honjitu no hirose-

アラサーオタク女が、婚活したり仕事に励んだり突然二次元落ちした結果、アラフォーに突入するブログです。

10年もののタイムカプセル。



このブログ、始めたのがなんと2005年。
大学生の頃です。

今までも古い記事で出てるものありますけど、実はそれの10~20倍近い非公開記事がありまして。


ひまに明かして昔の記事見ながら、その記事の公開/非公開変更処理してます。
なので昔の記事がちょっと増えてる。

しかしすでに累計5時間くらいやってるんですけど、
まだ2008年の2月分まで終わったくらい。

き、気が狂う…





生まれた時から痴呆症なので、ブログは過去をおもいだすために書いている部分もあるのですが、読んでみると、

ほとんど覚えてなくて、もはや他人の日記w

当時の心情とか細かいこととか完全に忘れてるせいで、30なかばのおばさんが、20代前半の若い女の子のブログ読んでるのと全く変わらない。



だからこそ思うんだけど。


今だから思うこと選手権

(エントリー1)
1社目に勤めてた会社がやばい


辞める数ヶ月間の記事がこわい。
23時退社を「早く上がれた」と喜んでいるし、しょっちゅう過労で熱出してるし、周りの人間の暴言もすごい。
泣きながら仕事してたり、味覚障害で食事全部に唐辛子かけて食べてる話とかあってドン引き

思わずコメント欄を開き、
「あなたの会社の人、みんな精神病なのでは?早く辞めた方がいいですよ。あなたが病むのはむしろ普通ですよ。
あと入社時の面接も普通の会社じゃ考えられない。もしその会社に勤めるならよく考えて」
と書きそうになった。

今だったら絶対入社しないのに。
無知とは恐ろしいものだ。

しかしそれ以上に人間の記憶は怖い。

実は私、当時のことを「あの会社は酷かったけど、仕事の基礎はあの会社で培ったし今のキャリアもあの会社にいたからでは~」と思っていたのだ。

人間の凄惨な記憶は、簡単に美化されて歪められる。

おそらくそのままでは凄惨すぎて気が狂っちゃうから、美化でもしないと記憶にとどめられないんだろう。
むしろメンのヘラも正常な精神防御反応なのでは…

とにもかくにも怖すぎ事案。

みなさんも、何か自分の中で美化してることあったらマジで気をつけてください。


(エントリー2)
酒の飲み方がすごい


http://hirosehiro.com/blog-entry-628.html

とにかくすごい。

↑の会社に勤めていた時、ウィスキーオタクをやってたのだが、週初めからウィスキー(ストレート)7~9杯飲んで、次の日会社行ってる。
正気の沙汰ではない…

ピーク時1週間の酒代が2万って書いてある記事もありもだいぶ怖い。

そんな人間が、10年後には一切酒を飲まなくなり、映画館で「安室透」と書かれたうちわとキンブレ握りしめて

\バーボーーーーーーン!!かわいいーーーーーーー!!!/



とウィスキーの名前を絶叫してるのだ。
もはや人間の神秘。震えがとまらない。


※バーボンは、安室透のスパイ時のコードネーム。
余談だが私が飲んだ300~400種のウィスキーのうち歴代ナンバーワンはバーボン(エヴァンウィリアムズ23年 ヴィンテージの1969)である。




(エントリー3)
デザインがダサい



みなさんお馴染みのこのブログデザイン。




実はブログができてから1度もかえていない。

PCのテンプレートは私がスクラッチで作ったもので、SPの方は2011年頃に「PCのテンプレートを改変してSP用を作るのが面倒なので一旦これにしよう」と適当に選んだものをなんと8年近くそのまま使っている。


少し専門的な話になるが、実は10年も使ってきたこのデザイン。
2年くらい前からSEO的に問題がではじめていたのだが、
「このネット遺構みたいな雰囲気が、むしろいい。
広いインターネッツ。ひとつくらいこんなタイムスリップしたようなサイトがあってもいいのでは」

と思いはじめて、
見た目はまったく変えないまま、SEO的不具合だけをチューンナップするというめちゃくちゃ不毛なことをやり続けていた。


しかし、古い、ダサいデザインを維持し続けるのは、実はかっこいい、新しいデザインを維持するより、はるかに難しい。
物凄いめんどくさかった。
それでもなんとかやってきたが、最近のSEOアップデートで、レスポンシブ絡みの検索結果に関係するクリティカルな問題が出てしまい、仕方なくテンプレートを変えることにした。

さようなら。私の10年テンプレート…

本当なら前のPCテンプレートをレスポンシブ構造化マークアップしたいところだが、時間もかかるので、当面はこの仮テンプレートで行く予定。

とりいそぎ右下のメニューアイコンが邪魔なので消したい。

新生本日の広瀬、これからもよろしくな!




ちなみに最近の生活はと言うと。

安室透に貢ぎすぎて、生まれて初めて「給料日3日前くらいから、家に食べるもながない」という状況になりました。

あと、11/24にサークル参加する可能性が高いです。参加理由がなかなかばかげてるので、またそのうちまとめたいですね。
作りたいからでる、ではなく出るためになにか用意する、という状態なので、一体どうなるのか…


まさかこの年になって、こんなことにになろうとは。

あと会社なくなります♡どうしよう…






魔法老女広瀬 夢の国 血みどろ大決戦!


さて。

魔法老女広瀬の劇場版は毎年お盆の時期と年末に公開されていて、肉弾戦の激しいバトルが売りです。
ここ数年は広瀬の加齢にともなった命の危機を感じさせるシーンも増え、これ以上の公開を危ぶむ声もありました。

しかし、そんな心配を他所に、なんと今年の秋にも、新しい劇場作品が上映されることに。

そんな今回の「魔法老女広瀬 夢の国☆血みどろ激闘大決戦!」
なんとタイトルにもある夢の国は、皆さんご存知


東京ビッグサイト




はい。
という茶番で何となくお察しいただけたとおもいますけど。

なにで血みどろ激闘大決戦したかというと。

名探偵コナンの同人誌即売会

同人誌即売会というのは、アマチュアの素敵な漫画家さんが書いた、主に男性キャラクター同士のやまもなくオチもなく意味もないのにドエロさだけは宇宙オリンピック級の漫画(同人誌)を、
財布から出てくる謎の引換券と交換出来るイベントです。

ちなみにこの引き換え券、通常時は日本国紙幣1000円としても使えますが、ビックサイトの中だけでは、その貨幣価値を失い、ただの引換券になります。
大体引換券1枚につき1~2冊の本と交換してもらえる仕組みです。

しかも、ビックサイトのなかでは、同人誌の値段がものすごく安くなります。
ジンバブエも驚くハイパーデフレスパイラル。

うす~いどスケベブック1冊は、ビックサイト以外の店だと通常の貨幣価格で400~1000円ほどするのですが、なぜかビックサイトの中にいる時だけは、この本の価格が、なんと2円相当になります!
やすい!実質タダ!!


実質タダなので、この引き換え券を使ってとにかく買いまくるわけです。

財布の引換券はものすごい速さできえるわけですが、館内は暑かったり人が多いので、そういう錯覚はよくあります。
初心者にありがちです。

でも、その錯覚を見ても大丈夫。

なぜかというと、ビックサイトにいるときだけは、その引換券が無限に出てくるからです。

使っても使っても出てくるし、なんならカバンを漁ると、封筒とかから追加の引換券も出てくる。

もしそれがなくなっても、ビックサイトの入口に青や緑、赤の機械の箱が並んでて、ポチポチ画面を押すと、そこからまた引換券がでてきます。

どんどん使える!不思議!!


そんな亜空間ビックサイトで行われている同人誌即売会。


実は私コナンのオンリー今回が初めてじゃなくてですね。

今年の5月のスパコミ(当時コナンを知らない)で「なんか赤安っていうのが凄いらしい。何が赤で何が安なのかさっぱりだが、なんだかとにかく凄いらしい。それを見たら観覧車という呪文を唱えるらしい。」という放課後の怪談みたいな噂話を聞きつけまして。

物見雄山でサークル配置を頼りに赤安界隈見に行ったんですが、13時なのに大量の空のダンボールの山とまばらな人影(みんな疲れきってる)しかない殺伐とした一角をみつけ、
「なにここ。 ギャングにたびたび襲われて荒廃したウエスタンの村じゃん…絶対こんな村近寄りたくないわ」
と怯え、その後笑い話貴重な情報にした思い出があります。


その時の笑顔の自分に言いたい。
「お前も4ヶ月後には、このウェスタン村の一員やぞ」と。


そんなデスバレーにあるウェスタン村。
まず朝が早い。

ビックサイト着5:50


過去20年以上コミケ行ってますが、最も早い着です。

人の流れについていき、並んだ場所は↑の画像にあるビックサイトの麓。

20分ほどすると、そのまま誘導され移動。


どこに連れられていくのかとそわそわしながら、誘導に従い連れられていくさまは、まさに出荷される養豚場の豚。

「どこにいくのかなー?」「新しいおうちかかー?」
とわくわくぶひぶひついていき、東1ホールという名の屠殺場まで連れてこられます。

同人誌即売会は屋外待機が定番ですが、なんと今回は待機場所が屋内!神!!
赤ブーのオンリーではたまにあるようです。

そのまま1列6人形成で着席。
前を見ると私の時点で250~300番台くらい。
その後も1分20人ペースで増えていき、どんどん列が伸びる伸びる。伸びるチーズにも負けない力強さ。
ちなみに男女比1:300。
なんの特徴もない平凡な俺が女子高うんたらみたいな状況ですが、
推しのえっちな本のことしか頭にない女達に囲まれ居心地悪げに待機列で待つ男性の姿は、むしろメスのカマキリに捕食されるオスのカマキリの怯えた姿を彷彿とさせます。


列では4時間待機。
そのあいだ何をするかと言うと、地面に座ってご飯を食べたり周りのイキリオタクが大声で話すのを強制的に聞かされるなどの、地獄に耐えます。
どんなジャンルに行っても周りに大声のイキリオタクがひとりはかならずいるのですが、私は前世で一体何をしたのでしょうか。

今回は何列か後ろにいた30代くらいの老婆の勤め先の老人への暴言を1時間ほど聞かされたのですが、私の前にいる人達ですら振り返ってぎょっとしてたので、大声の公害範囲が半端ありません。



気を紛らわそうと東1を見渡すとどんどん人も増え、1時間1200人ペースで増えていきます。見渡す限り人の波。

日が高くなるにつれ日差しがビックサイト天井から中に入るのですが、日差しがレーザービームのように人の波にあたり、座るオタクを容赦なく照射します。
相当まぶしそうですが、それにもめげずキラキラと輝きながら、もくもくと宝の地図をつくるオタク達。
もはや光の戦士です。



その後ぽんやりしていると、9時過ぎになんの通告もなく(実際には何か言ってたようだが全く聞えない)列が移動。
みなさんレジャーシートを引いてお菓子を食べたりピクニックに勤しんでいたのに突然の移動に相当慌てることに。
落し物をしても戻る余裕がないほど流れが早く、友達とはぐれてないか確認することも出来ないほどの人の濁流。
ハリウッド災害映画でよく見る「サム!サムー!!」「エリー!必ず迎えに行く!(こない)」ばりの混乱があちこちで発生…

そんな有様なので、通り過ぎたあとには色んな忘れ物が…

先程のイキリババアさんたちはというと、なんと列移動時不在。
場所取りのレジャーシートだけが置き去りにされて人の波に蹴られて端に追いやられていました。
列移動時不在の場合は、基本最後尾に回されます。
始発できてたのに…

コミケ童話として語り継ぎたい逸話を見ました。



と思ったけどこのあとが本当の地獄。
どこに行くのかとついていくと、なんと東23のシャッター外待機に。

東1が満杯になったため、先に来てた2000人ほどを外に出したのです。

が、なんと15分と立っていられないほどの猛烈な日差し。
光の戦士がめっちゃひかってたのはこういうことか…

しかも外待機はそんなに長くないと見越していたオタクが多く、
日焼け止めや帽子のない豚が大量にいて、容赦なく焼豚にされてゆきます。

あまりの日差しのやばさに急いで冷たい飲み物を買いに行く豚、夜の雨用のかさをさす豚(待機列での傘はNGですが、そんなこと言ってられないくらい日差しが強くてみんな差してた)、
日差しにやられ体調不良で列を離れるオタクなど、豚たちも大慌て。

かばんからキャップをだすオタクも多いのですが、10人以上がこの揃いの帽子をかぶっていました。


AKAM(赤安)の女は強い日差しに当てるとあぶりだされる習性があるようです。
ちなみにこの写真は私の。当然持ってます。


あれだけキャッキャウフフと東1で楽しくしていたのに、突然炎天下の屋外に連れてこられ、一切何も話さず下を向き、ただ日差しに絶える。
しかも座れないままぎゅうぎゅうまで列をつめられ、それを1時間半もやるハメに。


まさか祝日の朝から強制連行される戦時捕虜みたいなことをやらされるとは。
一体私は30年以上も生きて、何をしているのだ。
人権がない。

ちなみに当時の列形成はこんな感じ。青文字はその地点の人が来た時間。




開場20分前には壁サークルの溢れた待機列(サークル組)が外に出てくるのがちらほら見えるのを横目で見る豚たち。


そんなこんなありつつも、どうにかして焼豚たちは生き延びたのですが、私たちはちょうど入場口のシャッター前にいて、入場15分前にシャッターが開いたんですね。

その時中からでてきたエアコンの涼しさ、風を受けた瞬間、周りの黙って死にかけていた豚たちから、明るい笑顔と安堵の声が漏れたことは、長いオタク人生でも屈指の名場面でした。

まだ何も始まってないのにエンディングロールが始まった豚が大量発生。
私ももう1日終わった気になった。
何も買ってないのに。


ちなみにこのあとは無事入場。
戦場での激しい銃撃戦を終え、なんと25サークル完封勝利。

この日、始発組でも完売で買えなかった人が多く結構奇跡です。
この老いぼれもまだまだ戦場で戦えるようだのう。


ちなみに開場時は東23に4000~5000人近くいた計算になり、東2と3の壁側が人が多すぎて実質通行できなくなるなどありえない有様。
コミケの人さばきがいかに優秀か思い知らされますなぁ。


開場11時、2時間後の13時には人もまばらになり、売るものないから帰るサークルさんも多かったので撤収しようか~と物見雄山でちらっと東46(FGOとか配置されてた)覗いたらまだサークルも人も沢山いて、驚きつつも退場。
東23(コナン)は15時すぎみたいな空気になってたのに。
時空の歪みがすごい。



アフターで着席した時には既に集合から10時間経過。



今までで1番危険なミッションでした。
ほんとに無事に生きて帰れてよかった…



おまけ。当日の地図。
もはや業者の入荷管理。



人格フィードバックが欲しい。



オタク活動をするようになって、
楽しいこと、最高にやりたいこと以外をやってる暇が本当にないんですよね。

毎月のように人と集まって、どんちゃん騒ぎのイベントが目白押し。

そんなことを繰り返してたら、逆説的に自分が快適だ、と思うもの以外が生活にあることに目がつくようになってきまして。

例えば服。
それまでは、欲しいかどうかといえばまずまずだがコスパが良くて長く着れそう、くらいで買っていたのですが、本当に欲しいものだけを買うようになりました。

買う点数は激減したので出費はおなじ。
クローゼットもだいぶスッキリしたし、毎日お気に入りの服しかなくて、心地が良いです。


そのうち、人間関係でも同じことを感じるようになってきまして。

誘ってくるけど携帯いじってたり。
集合時間過ぎてから遅刻の連絡してきて(10分遅刻とかならわかるが30分遅刻とか…)、その時間にも来なかったり。
○○って…誰かが言った時に遮って○○嫌いでさー□のほうがいい!という話が続いたり。



やさしさや常識もある、どこにでもいる普通の人たちです。そういうところが面白いっていう人もいる。
でも、あんまり快適じゃないなぁと感じてしまう。

※興味深いことに、本人達は友達が少ない、恵まれてないことを時々吐露してたりする。自分の背中は見えないものだなぁ。


そんな様子を見ていて、私は周りのおかげでどんちゃん楽しくさせてもらってるけど。
きっと自分にもそういう部分があるのだろうな、良くしてもらってる周りにも快適にすごしてもらいたいし、知れるものなら知りたいな、と、思うようになりまして。


「人格のフィードバック」があったらいいのになぁ、と。

フィードバックとは今後に役立つ意見やアドバイスを伝えることです。

「ちこくしたら、ごめんって言った方がいいですよ」

「自分から誘ってご飯食べてる時、ずっと携帯いじるのやめた方がいいですよ」

「眉毛だけ直すとあなたものすごく美人になりますよ」

「すごく見た目も性格も素敵ですから、頑張りすぎなくて大丈夫ですよ。必死になると周り引いちゃいますよ」

「服は素敵なのに1000円カットみたいな頭とのギャップすごいです。変えた方がいいですよ。」

みたいに。

実際問題、フィードバックを受けたところで、そう簡単に性格は変わらないと思います。
でも、参考程度でいいと思うんですよね。

そんなことをするうち、「あれ?このフィードバック前も似たようなの受けたな?」となり「やっぱりみんながいうなら」という気持ちになって来て。

そういう、自分で心から思ったところだけ直していけばいいんじゃないかなと。
でないと他人の意見の奴隷になり、頭が狂いますし。


そんなことを相当前に考えていたのですが、先日まさにこれを試していた人と会いまして。

その人は社長で、職場環境を良くするために「社長の直して欲しいところを1回1000円で募集する」としたのだそうで。
ルールは「その場で言うこと」「こうして欲しい」の2つだけ。

フィードバックも、今の言い方きつい!もっとこういう言い方の方が嬉しい、とかカジュアルな感じで良くて、お給料日前のランチタイム時になると、とてもフィードバックが増えたらしいです。

しかも1000円というのも大事で、言う側も暴言吐かず、理路整然と言うように気をつけるし、聞く側もお金出す分だけ「こういうこと?」と聞けるし、出費を抑えたいので気をつけるようになるそうな。

ちなみにその人、菩薩みたいな顔と性格してるんだけど昔はプライド高くて誰もついてこなかったそうです。
人間変わるものですなぁ。

なんて有益な自己投資だ。
ぜひやりたい。



さすがに1000円は払えないけど、500円くらいなら払えるので、誰かお金に困ってる人いたら連絡ください。笑



40歳独身男性が孤独なのはお前のせいだ。


みなさん話題の40歳の孤独。
https://anond.hatelabo.jp/20180830181714


私はこれに相当近いクラスタだ。


が、あれを読んで
「はぁ?そんなにひとりが嫌なら表出ろよ。金あるなら結婚相談所でもはいれば?」
と思ってしまった。

そんなに孤独がいやなら、
回避する方法を死にものぐるいで探せばいいのに。


しかしあれがバズっているのにはひとつ、理由がある。


「40代の独身は可愛そうな存在であって欲しいという大衆のイメージを体現してる」のだ。

可愛そうであってほしいのは、本人と周囲だ。

だから、イメージどおりの逸材が、さも40代独身男性の総意のように拡大解釈されるのだろう。

これは「障害者は大変だけど健気な存在でなくてはいけない」という感動ポルノビジネスと同じだ。

40代独身男性が
「ウッヒョ~~wwwwww毎日楽しくて楽しくてたまらんでござる~~~wwww」
と心から言ってたとしても、そんなのはバズらない。

40代独身男性が孤独に苦しんでいる姿を真実と捉えるのかどうか?判断するのは、マジョリティだ。


しかし、マイノリティ(当事者)側にも多少心当たりがあるのだろう。
だからここまでバズるのだろう。

たしかに夜寝る前、私ですら「この暮らしさすがに一生は無理だろうな…親死んだらやばいな~天涯孤独はやばいな~」と思うことはある。

だからといって、40代独身男性は孤独で悲惨なんです!!と大声でもてはやすほどのものではない。

なぜなら、やばいと思ったら辞めればいいからだ。
一人などいつでもやめれるのだから。

好きでやってきたことを、なにを突然交通事故に巻き込まれた不幸のように語っているのか。




私は孤独を愛している。
だからこそ思う。


お前の人生が辛いのを、孤独のせいにするな。

お前の人生が辛いのは、お前の選択のせいだ。
辛い状態を維持する選択をし続けている、お前のせいだ。
嫌なら今すぐやめればいい。

孤独は平等だ。
学歴、才能、年収と違い、本人が望めば手に入る。逆も然りだ。


辞めないのはなぜだ?

人間、本当に苦しい状態からは脱しようとする生き物だ。

どんなに苦しいことも、孤独を続けるということは、あらゆる選択肢の中で、孤独に何らかのメリットがあると判断している結果だ。





しかし。

もしどうしても、孤独を回避する努力を絶対にしたくないというのなら。

私は別に死んでもいいのになぁと思う。

なぜ死んでは行けないのだろうか?
正直「自殺者だらけになるから」以外理由が思い浮かばない。

社会的に自殺が否定されているのは、
人間は育てば社会の生産力、価値になるが、育てるまでの社会コストが相当にかかるため、
簡単に死なれたら、育てるコストばかり社会の負担になり、社会を永続的に運営していく上で問題があるからだろう。

個人の問題とはまた別だ。

死とは、つまり生。
人生とは、なんなのか。


人生を「タダでもらった遊園地のチケット」だとしよう。

なんの縁か親という存在から「いのち」というチケットを貰い、「この世界」という遊園地にタダで入れてもらった。

せっかくタダでもらったチケットだ。
アトラクションにパレードに各自遊びたいだけ遊び尽せばいい。
めいいっぱい遊んで
「あーー!!この遊園地楽しかった!!!」
「疲れたー」
となったら、別に遊園地の閉園時間でなくても帰ればいいのだ。

むしろ「ものすごく楽しかった!」というタイミングを越えて「閉園時間までまだあと3時間あるからもったいない…」とダラダラ歩き回り疲れ果てるなら、さっさと帰ったほうがいい。

なぜ腹八分目は推奨されて、命八分目は否定されるのか?
謎である。


とはいえ、死は結構大変だ。
まだ若いうちは肉体的にも生命力があるので、聞くところによるとそう易々とは死なないらしい。

この遊園地は入る時はいいが、簡単には出してくれないのだ。
世の中ただより怖いものは無いとはよく言ったものである。

だから、「物凄い大変な思いをして死ぬ」くらいなら「それより1mmだけ生きてる方が楽」という理由で死なないというのもありだろう。


そして、死ねないのなら「楽に生きる方法」を考えるしかない。

閉園時間前に遊園地を去りたいが、閉園時間まで電車は来ない。

それなら、椅子に座るなりカフェで待つなり、快適に過ごす方法を探せば良いのだ。

それを、息苦しい人混みの中にわざわざ入っていって「遊園地はこんなに辛い」といっている。


お前の人生が辛いのを、孤独のせいにするな。
いやなら今すぐ変えればいい。





推し is my life.


みんな、聞いてくれ。
今日は大事な話がある。


父さんな、


父さん実は…生まれて初めて…












ご用意されたんだ。






これが。







父さんな、これまでの人生で「ご用意」されたことないんだ。

そもそもナマモノ文化に落ちたことないって言うのもあるけどな。
普通の懸賞とかも、当たったことないんだ。


ほんとに、ほんとにはじめてのご用意。
それがこれなんだ。


当落のメールに気づいた時、仕事してたんだけどな、
当選の文字を見て、嬉しさで震えが止まらなくて、
トイレに急いで駆け込んで、ガッツポーズとってしまった。


席に戻ってきて、もう一度、
当選のメール見て、嘘じゃないんだって。
そのとき思ったんだ。



絶対になんとしても生きる


推しのために、なんとしても生きる。
10月まで、健康に気をつける。
仕事で何かあると楽しめないから仕事もちゃんとやる。

そう、すごく強く思ったんだ。
絶対に生きるぞと。

そんなこと、生まれてこのかた、そんなこと思ったこと無かった。

帰りに、あまりに嬉しくて、お祝いにケーキ買ったんだ。
当選のメールだけで、一日がこんなにも嬉しくて、幸せで終われるなんて。

なんてすごいんだ。




推しは、人生という名のほの暗い部屋をてらす灯りだ。

人は、ほの暗い部屋でも生きていける。

でも、部屋に灯りがついて始めて、部屋に色々な食器や家具や便利な道具があったことを知ることもあるのだ。

人は、あかりのある暮らしを知ったら、そうでない世界には戻れない。

どうやってあの暗い部屋で暮らしていたのだろう?とすら思う。

そうでない世界を見せてくれるもの、
それこそが推しなのだ。

推し is my life.





結婚しない女達。



30半ばともなると、
私のような結婚しないと決め込んでる人、
というのは誰からみてもわかる。


若い頃は、まだ「君はこちら側の人間ではない」と思われ、「まだいけるよ!私はもうむりだけど!」と適当な世間体に包んだ言葉を送られてきた。

それが、年齢とともに「おっ君もこちら側の人間になるのだね」と認められてきたのか、似たような匂い女達ががちらちらと寄ってきては、同じ穴のムジナだからこそ言える「結婚しない女の本音」をぽつりぽつりと、語りだすのだ。

驚くことに、彼女たちはそれぞれ他人で、会ったこともないのに、異口同音にこんなことを言う。


「絶対結婚したくないって訳じゃない。
でも、結婚して、仕事してかえってきて、ご飯は?っていわれると思うと、さすがに無理です」

わ、私も思ってました!おなじこと!

でも、非国民だと言われそうで怖くて口にできなかった。
聞いた時、救われたような気がしました。
そう思ってもいいんだと。


時々「今は良くてもそのうち結婚しないことを後悔しても知らないぞ」という脅しをかける人がいるが、
「結婚してキツい暮らしをずっとするくらいなら、後悔する方がまだマシ」
という落とし所に落ちてる人が多い。

本人だって、一人が幸せだとは思ってない。
でも、辛うじて一人の方がまだ幸せそう。

そういう選択の上で、今を生きているように思う。



そんなことを言う女達、どうやって爆誕したのだろうか。
話を聞いた結果をまとめてみたい。





奇跡も魔法もないし不幸もない。


最近思うんですよね。

奇跡はないし。不幸もない。

そう見えるものは、
全部、自分の因果なんじゃないかなって。



例えば。

会社で不正がバレた時、上司に濡れ衣を着せられたとする。


不幸のように見てるけど。
じっさい不幸ですけど。

濡れ衣を着せられた人が、
日頃から面倒な仕事も一生懸命やるようなきちんとした人だったらどうでしょう。

「あの人がそんなことするなんて…?ほんとか?」
ってなると思うんですよね。
近しい人ほど。
真実を知って、ちょっと何とかしてあげられないかって、話にもなるでしょう。


一方、濡れ衣を着せられた人が、
何かにつけて人に文句言ってばっかりで仕事もいまいちだった場合。

会社で似たことあったんですが、面白いくらい誰もフォローしなかったんですよね。
本人は自分は悪くない助けてくださいって周りに言い出して、誰かどうにかしてくれよ、うるさいから…と思いましたけど、周りも何もせず。
ひでぇ話です。


生まれ持って体が弱いとか、濡れ衣を着せられてしまうというトラブル自体は避けられないと思うんです。

生きてる以上、そういうことはある。


でもその時、真摯に生きていれば、自然とそれに応じた未来を受け取るし、
不誠実に生きていれば、自然とそれに応じた未来を受け取る。




例はわかりやすい話だけど、たとえばお店で物を買って何か問題があった時、
道を聞いた時、
会社で話したことない人と話した時、
結構相手も足元を見てるんですよね。

話し方、姿勢、雰囲気。

そういう「とっさに取り繕えないもの」を人は感じとって、きちんとした人にはきちんとした対応するし、面倒な人にはそれなりの対応だったりするのかなぁって思うようになりました。




私は転職で周りにお世話になったこともおおく、ずっとそれを奇跡だと思っていたんですよね。
でも思い出すと、日々過去の自分が真摯に「周りの役に立とう」と生きて、その様子を見ててくれた人達なんですよね。

真摯にいきてる人しか、人が真摯に生きてることは見抜けない。
そして、そういう人はほんとに大事にしてくれる。


自分で自分のこと真摯って言うなよ、って思いますけど。
しかしいま、全然真摯に生きてないからこそ、なんで昔、うちに来ないかと声をかけてくれたのか理解できるようになったんですよね。

真摯に生きないって、すごい楽ですよ。
ほんと楽。
最高に楽です。

しかも、真摯に生きなくても別に困らない。
もしあるタイミングで真摯に生きてれば、とてもよいことがおこったとしても、「あなたこの時頑張ってれば1億貰えましたよ」って言われるわけでもないし、自分の機会損失に気づかないじゃないですか。

だから自分を改めようってなかなか思わないものです。

でも。

嬉しいことは、過去の自分の成果。

辛いことは、生きてると事故的に起きてしまうけど、でもそのあとどうなるかは、過去の自分の成果。

そうすると、未来を作るには、いつも真剣に生きる必要があるなぁと。

あたえられたことを、与えられた場所で、日々真剣に取り組むことが、自分の未来を作る。

自分すら想像しないような素晴らしい未来を、過去の自分が連れてきてくれる。

そう思うと、ダラダラ生きてるのって楽だけど、結局その程度の人生なんですよね。


ハッと気がついた、今日このごろでした。








激闘!コミックマーケット94


さてね。
夏といえばコミケ。


体力的に三連勤はできないし、2日目(コナン+鋼錬)と3日目(評論)に行きました。

ちなみにコナンはいま「5万持っていっても2万しか使えない(完売が早すぎて)」というホラーみたいな話が囁かれる魔界でして。

スパコミ(5月)にその話を聞いて
「怖すぎwww関わりたくないwww」
と笑っていた人間が。

2日目。
まさかの起床5時。

起きた瞬間思いました。

「やったー!涼しい!予報通り曇りなんだ。
今日の待機列は楽勝だ~」


エアコンがつけっぱなしだっただけでした。


しかも、しっかり目を開けると明るい…晴れて…るようにしか見えない。
ていうかめちゃくちゃ晴れてる。

コミケ1日目の8時頃、クーラー効いた部屋でTwitter検索で「待機列」って検索して
「うわ~今年やばすぎでしょw2日目曇りでよかった~!」ってニヤニヤしてたんですけど。

外を見ながら、OVAエンジェルラヴィのテーマソング「天罰!エンジェルラヴィ」が無限ループ。


外を眺めてても本は買えないので仕方なく着替えて7時すぎビックサイト着。

いつも8時過ぎに行くのが定番になってて、この時間についたの初めてなんですけど、電車空いてて最高。

しかし現地は既に太陽がさんさんさんさわやか三組。
僕らの肩どころか頭にも顔にも腕にも殺人兵器が降り注ぐ。


そして今回のコミケで2番目に衝撃的な事件がここで起きたんですけど。


なんと、いつもの癖でなんの迷いもなく東駐車場に来てしまう…


今回、少年FCは西です。
まさかの西。


たまに待機列で「あれ?!今私いるの東??西と間違えた~!」とか電話してる新兵見ますけど。

え?そういうギャグなんだよね???
何をどう勘違いしたらそんなことになるの???
と思ってましたけど。


まさかこの年になってそんなことをやらかすとは…

気づいた時はまだ7時半。
ダッシュで西まで行く事も出来たんですが。

「東の列移動を8時過ぎにやる」ってスタッフがいうから…
何回もそう言うから…

当然、はやめに東待機列を中に入れるんだなって思うじゃん…
信じるじゃん…


9時すぎ。
なんと西の列はまだTFTが最後尾。
しかも入場して、すでに中待機してる。
みんな「涼しい~外より快適~」ってつぶやきまくってる。

その時の東待機列。
虫1匹中に入ってない。

それどころか西から連れてこられた東78の待機列が中に入ってくの見ながら!

超絶炎天下のなか、ペットボトル3本目が消えて!
同じ列の人熱中症で運ばれてました!



大爆死!!!!



結局中入ったの10時10分。
しかもそこから東78の通路から中に入って西12まで行くってもうね。
御先祖さまに顔向けができませんわ。



結論から言うと買えたは買えたんですけど。

買えたけど、3サークルしか予定してないのに、3時間半かかりました。
1サークルはロイエドサークルなので5秒で確保。
残りの赤安2サークルだけで13時半までかかった計算。

狂っていやがる。

西1のシャッター外待機だったんですが、
「うわ~これ全部赤安の女か~」って程一面みっちり待機列になってて。
最初いろんなシャッターサークルの待機列だと思ったらなんと全体の50%が自分の並んでるサークルさんの列。
残り30%が隣のサークルさんの列で、20%がほかサークル。


赤安の女が前世何したって言うんだ…


突然の推しバブルに湧く赤安界隈ほんとすごいです。
しかも映画バブルだからサークル参加数とファンの数が全くあってない。



しかし今年のコミケはここからが本番だったんですけど。

帰り道。ノベルティで帽子もらったんだけど、カバンに入れると折れちゃうので、途中からかぶって帰ったんですよ。

もう近所だしいいでしょ誰もわからん、と思って。



これがその帽子。


で、無事家に着き、家の先にあるコンビニ寄るべく、一旦カバンから財布だけ出して、荷物を自宅の宅配ロッカーに入れて閉めたんですわ。
荷物重いし。


で、また玄関まで帰ってきて思った。

「マンションのかぎ、宅配ロッカーの中に入れたな…」


うちのマンション、宅配ロッカー開けるのに、自分の家の鍵が必要なんですよね。
しかし鍵は宅配ロッカー。


その前の週、マンションの前にALSOKがいて、同じようなアホの子が解錠してもらってたのを思い出しまして。

よし!私もALSOKに電話だ!!
と思ったけど電話は宅配ロッカーに一緒にいれた。

oh…デンワ…


公衆電話が全くなく、しょうがないから、近所の交番に電話を借りに。
平成最後の夏コミケのあと、まさか交番に電話借りに行くとは…

無事にALSOKにお願いできたのですけど、折り返し電話するとのことで、
交番で20分くらい待たせてもらったんです。

お巡りさんもヒマなのか世間話しながら待ってたんだけど、若い高木刑事みたいな細身の優しいお巡りさんで。
なんでか話の流れで、寮生活の話してくれたんですよね。

降谷零も景光もそんな寮生活を?!!
そんな寮生活をしていたということでよろしいですか?!
そういうフリということでよろしいですか!
高木刑事(仮)!

私の!コミックマーケット94二日目!まだ終わってなかった!
むしろ今始まった!開会の拍手!!!
パチパチパチ!

ALSOK有料だけど、これで実質無料だと思いましたね。
ありがとう。ありがとう。



高木「そういえば、来た時から気になってたんですけど…」
私「はい」


高木「帽子のAKAMって、なんですか???」
(流行りのバンドですか?くらいのニュアンス)


警視庁の人からAKAMの説明を求められるコミックマーケット94二日目。


しっかりとした声で答えましたけど。

「なんでしょうこれ。適当なお店で買ったんでよくわかんないんですけど…なにかの略ですかね。」

それしか言いようないでしょw


みなさんね、心に刻んでください。

コミケは家に帰るまでがコミケ。
家に帰るまでがコミケです。

帰ってから涼しい部屋で警察庁の人とFBIの人がちゅっちゅしてる本を読めるのも、ひとえに警視庁のおかげ。
\ありがとうーー!警視庁ーーー!!/(応援)



ちなみに3日目も結構びっくりしたんだけど。

10時に着いたら、なんとマクドナルド横に列形成されまして。

こんなところ並んだことないけど???と思ったらじわじわ歩かされて、マクドナルドから南方面に進み、ビックサイトの正門階段の下を潜らされて。

なんとそのままTFTの南側を通って、大桟橋に上がる階段をのぼり、西待機列に合流させられました。

つまりこの赤いルートが全部待機列。




結局12時でも正門前からパナソニックの所まで待機列ぎっちりあったらしいです。
私が知る限りでは初めてのような。

来年も耐えておくれ。
コミックマーケット!





広瀬、1万年ぶりにアイムシングルを思い出すの巻



自宅でやることなくて
ケーキ焼いてた時にふと思い出したんですよ。


「そういえば、あの婚活してた男性たち、その後どうなったんだ…??」



忘れもしない2014年ころ。
野山に交じりて婚活パーティにいっては
よろずのブログに載せにけりという竹取の翁的ことをしていたのですが、結果、

「そもそも金銭面で困ってないし、人の金にも興味が無い。(他人の金ほど怖いものは無い)
寂しくもないし、子供もどっちでもいい。
ただ仕事は趣味みたいなものだから辞めたくない。

そうすると、家計を折半して、旦那のご飯作って洗濯して仕事もすることに。

え?だったらどう考えても1人の方が良くない??」

という身もふたもない真理にたどり着き、
真理の扉の前にいる真理から「正解!」といわれ、

鋼の婚活術師~fin~

したわけです。

鋼の錬金術師は最後にエドワード・エルリックさんがプロポーズして汽車で旅に出ましたが、鋼の婚活術師は一人夜道を歩き、築15年23平米の1Kマンションに帰りました。

涙なくては語れない最終回でしたね。

何言ってるかわからない人は鋼の錬金術師全27巻を読んでください。(ダイレクトマーケティング)


で、本題。


当時ある婚活パーティーで知り合って、情報交換するような関係になった男性が何人かいたのですね。

定期的にLINEのアカウントがクラッシュする女なのでもう音信不通なんですけど、その人達がどうなったのか、ふときになったんですよ。

どんな人達かと言うと。

32歳 日産勤務 年収650万円 慶應卒
34歳 アクサ生命勤務 年収600万円 一橋卒
31歳 楽天(本体)勤務 年収650万円 同志社卒
35歳 サイバーエージェント勤務 年収850万円 大阪大卒

社名や大学名は同ランクの別のものに置き換えてます。
でもスペック的にはだいたいホント。

で、人づてに色々調べてみたんですが、なんと私と知り合ってた当時カプった人と結婚してた。
こんなハイスペな人達が参加してて、ちゃんと婚活パーティーで出会って結婚してる。

まじかよ、すごいな、その婚活パーティどこよ?ってなるじゃないですか。


なんと、アイムシングル。


わかる。
皆まで言わずともわかる。

あそこで?!
あのアイムシングルで??!!
って思うよね。

いや私も思うよw
私が1番思うよw

しかもうち3人はアイムシングル内で知り合って結婚したはず。
ほか1人は違うところのオタク婚活パーティかな。
打率高すぎでしょw



なんでアイムシングルが好きなの?ほかのところでも良くない?と聞いたことがあったんですが、女の人の傾向がいい、良い意味で質素で地に足ついた人が多いみたいなことを言ってましたね。

ちなみに当時、「プロフィール欄に年収をいくらって書いてるか?」みんなで話したことがあったんですが、全員500万か550万でした。
当然知り合って数回は会社名も言わない。

ブラインド婚活笑える。限定アクキーかよw

見た目はみんな普通です。その偽スペックで途中の人気ランキングは大体2~5位くらいだったはず。
(ブラインドだとしても話してる感じでそこそこの会社のサラリーマンだな?という感じが漂うためそれなりに人気)


そしてこんなことを思い出して、ふと、
「そういえばアイムシングル今どうなってるんだろ…?」
って思ったんですよ。

なんと、まだバリバリやってた
しかも全国展開してるよ。






結婚はなしといえば、30半ばで1人つらぬこうとすると、どんなことが起きるかという参考にお話したいんですが。


正味な話、外圧がすごい。

弊社は独身はキャリア的に不利という反社会精神を伝統を重んじる会社なので、
すでに
「俺がこの結婚の重圧という壁を支えてるうちに…!みんな早く逃げろ!俺はあとから行く…!!」
ってなるくらいの圧。

あと、帰省する度に、お父さんが心配そうに( ´•ω•` )って顔する。

父は1回私の結婚についてマジレスしたっきり後にも先にも何も言わないが、そういう人の( ´•ω•` )はホント心にくる。ヤメテ


もしかしたらわたしが結婚するとしたら、その理由は「お父さんがかわいそうすぎて」になるかもしれんな。

最近親が老けたなぁ、親もそのうち死ぬんだなぁって思うと、「死に目まで心配させるけどそんなの自分がハッピーなら全然気にしないZE!!!!!(中指)」
ってロックに極道くん漫遊記する根性もないのが実際のところ。


世の中、結婚というものが大学に行くか専門に行くか位の選択レベルだったらまだ逃げ切れる気がするんですけど、
今はまだ世間的に、高卒か進学かくらいの感じではあるように感じます。

あと十年もすれば、
「結婚するの?」
「私はいいかな~」
「へーわたしはする~」
くらいの自由選択的風潮になると思うんだけど。

それにはまだちょっとはやい。
うーん。

くそう、アポトキシン4869さえあれば…



人に喜んでもらうということ。

最近、
人に喜んでもらうことが、
どういうことなのか理解できた。

この人に喜んでもらいたいし、
喜んでもらえたら、それでもう十分だ。
そういう感情を理解できた。

きっと、自分が今までしていたことは、
喜んでほしい、の真似事なのだと気が付いた。

好意のある人にはこうするものだという。
そういうポーズをずっとしていた。

だからずれてたことも多かったと思う。

本人を、本人が何を欲してるかを見ていないからね。


自分が、人に喜んでほしいと思うようになって、
今まで自分が受けてきた好意が、
どういう思いでされたものかハッキリとわかった。

頂いたもの、もらった言葉。

今までもうれしくはあったけれども。

でも今、自分が感じてる「好意のある人に喜んでほしい」というこの気持ちが、
こんな気持ちが、
ものや言葉に込められていたなんて。
思ってもみなかった。

人は、自分が体験した感情しか、受け取れない。

自分はこの、「人に喜んでもらいたい」という感情を知らなかった。

言葉ではわかっていたし、わかっているとおもっていたけど
ずっとわかってなかったのだ。



何年か前、ブログを通じていろんな人に会って、色々なものをいただいて。

自分はネット上では、なぜか畏敬の念を示してくださる方が多くて。

私など、野山に住む野良猫のようなものなのに。
それに違和感があった。

でも、喜んでほしいという気持ちは、その存在自体の肯定だ。

野良猫として、そこに存在することが嬉しい。

そういうことなのかと、今は思う。

気づくのに、何年もたってしまったけど。
本当にうれしいと、今更ながらに思う。




たとえば誰か人生に、嵐が吹き荒れているとき。

本当は。
嵐をしのぐためのテントをはることも。
嵐のない場所へ君を連れていくことも。
造作もないことだ。
自分には簡単に出来ることだ。



でも、そうじゃないのだろう。
君に喜んでもらうということは。

君が嵐で耐え抜くと決めているとき、
嵐の中、君のもとへかけつけて、温かいスープや、タオルを届ける。

他人ができることなんて、所詮そんな程度だ。


でも。
それでもし、かすかにでも心が凪ぐのなら。
嵐をしのぐテントよりも、君がそれを求めているのなら。

いくらでもそうしたい。


それが、
人を思うということなのだと。
人に喜んでもらうことなのだと。
知りました。


    [ Bron-Broen ] designed by Akira.

    Copyright © -honjitu no hirose- All Rights Reserved.