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女の価値

あけましておめでとうございます。

だいぶ放ったらかしにしておりました。
考えてることを文章にすることっていうのは、
何らかの行き場のない抑圧の放出だと思うんですよね。

つまり、文章を書いてないということは、
なんのフラフトレーションもない暮らしをしているという証拠かもしれません。

一切のフラストレーションのない暮らしとは、何不自由ない暮らしです。

何不自由ない暮らしと言うと夢のように感じますが…

子供の頃。
老人が、日々欲望もなく半径200m程度の世界で、テレビをみて、華のない、質素、低カロリーな食事を取り「今日も何事もなく終わってよかった」と言って満足している姿を見て、なんで老人はあんなに枯れ木みたいな生活なんだろうと思ってました。

しかし、最近自分も生活がそうなってきるんですよ。
これが何不自由ない暮らしの正体でした。
まさかこんな生活が…とにわかに動揺してもいます。

でも、おそらく、生きる上での大体の欲望が満たされてしまったのでしょう。
その証拠にここしばらく物欲が全くありません。
死にたいという欲望すら薄くなりつつあります。

自分が快適に暮らせるだけの収入があり、負荷のない人間関係のなかで「自分が不快になるポイントがゼロ」になった時。
人の暮らしはこうなるのかもしれません。


当然、行ったことない国も、やったことない娯楽も、素晴らしい食べ物も、まだ見ぬ幸福も、他者と生きる喜びまだまだあります。
けど、大体のものが「まぁそこまでしてやりたいほどでもない」「点として見れば良いことは多いが長期的に見るとトータルでマイナスになるのが見えてしまう」わけです。

先が見えてしまう、というのは、老人の生活の本質のような気がします。


そんな中、ふと女の価値ってなんなのかなと。



女の人生って、概ね
・メスとしての価値(年齢、容姿、身長、胸の大きさ)の相対的な優位度
・頭脳の経済価値(頭の良さではなく、社会の経済活動の中でどれだけ金を稼げるタイプの頭脳か)
・フィジカルの強度
・メンタルの強度
の4軸で決まってしまうんじゃないか、と思いまして。

本人が人生を選んでいるようでも、実質その軸の中で1番強いアビリティに適した人生を選択せざるを得ない=それを自分で選んだように感じているだけじゃないかな、と。

アビリティによってどう変わるかといえば、例えば。

メスとしての価値のみ高い
→専業主婦


メスとしての価値<頭脳の経済価値
→キャリアウーマン

そこそこの頭脳の経済価値、高いフィジカル強度とメンタル強度
→看護婦など

高い頭脳の経済価値、低いフィジカル強度とメンタルの強度
→クリエイターやアーティストなどの自営業

高いフィジカル強度とメンタル強度
→スポーツ選手、土木産業、不動産営業

みたいな。



こうして考えると、結婚できるできないって言うのも、本当に「メスとしての価値」の話でしかないんだなぁ、と。
なんでモテないの…?なども、自愛しましょうとか恋愛テクがどうたらありますが、本質はメスとしての価値が低いから、の一言でしかないんですよね。
メンヘラでも病気持ちでも美人ならOKて人いくらでも居ますし。
モテの秘訣は整形です、と言ってしまった方が余程誠実な気がします。


また、メスとしての価値の年齢以外に強みがない女性は何としても結婚しないと、経済的にも自立できません。
手取り15万円程で都心から1時間かかる家賃5万の築30年アパートで一生暮らす、などになりかねない。
その暮らしを一生するのはキツい。
そこからすると、ワンオペ育児で女中扱いでも、生活のために結婚した方がまともな暮らしができる点ではメリットです。

そういう色んな理由の結果が「女の人生の分かれ道」なのかなぁというふうに思います。
当人は、それはもっともらしい理由をつけるでしょうけどね。


きっと、どんなに結婚したくない女性でも、男性側から見てメスの価値が高く「これを逃したらもうここまでいいカード(メス)は現れない」となったら、是が非でも結婚したがるでしょうし、
日々の生活でメス本人も自分の価値ってわかってると思うんですよ。
だから美人はあんまり頭脳価値に重きを置きませんよね。
それ以外のところで戦えるのに、なんでわざわざ頭良くしなくては行けないの?というのは真っ当な話だと思います。

そうやって、女性は自分のアビリティからみてふさわしいポストに収まっていくのでしょう。


私の今の会社の総合職の女性は独身が多いですが、
頭脳の経済価値>フィジカル強度=メンタルの強度=メスとしての価値
のパターンの人が多いような気がします。

前述の美人と逆で、メス価値より元々高い「頭脳の経済価値」で戦う方が圧倒的に楽、そういう人間なのかな、と。
しかも、メスのフィールドはどうしても他人の経済力依存になりますが、頭脳の経済価値が高ければ、それはあくまで本人の経済力なので、そういう部分にメリットを感じる人間は多いと思います。

そういう色んなものをひっくるめて「自分で金稼いだ方が楽だしメリットあるな」という人がキャリア思考になるのかと。



しかし、このアビリティ群。
全部遺伝子の産物なんですよね。
若い頃は自分の能力とか努力によって道を開いたと思ってましたけど、
例えばスポーツ選手でも、スポーツのアビリティがあって努力するから勝てるのであって、努力してもアビリティがなくてそのまま辞めてしまう人の方が圧倒的に多いはずです。

結局、人の人生が上手くいかない時というのは。
アビリティ、つまり遺伝子の構造に合ってないフィールドを選んでるから、の一言に尽きるような気がします。

彼がプロポーズしてくれないのは、自分のメスとしての価値が低いか、自分のメスとしての価値に対して高いところを狙いすぎてるからですし。

事業で失敗するのは、頭脳の経済価値が低いのに、事業を起こしたからですし。

会社で鬱で辞めるのは、頭脳の経済価値や、メンタルの強度が低いからですし。
(メンタルの弱くても、会社でやたら使える人間だったら大事にされるので、頭脳の経済価値がどの程度かは重要)



最近、専業主婦の愚痴を聞いたんですが、旦那の文句言いながら専業主婦してても、じゃあ結局一人でやって行けるかって言ったらそれは無理なわけですよね。

だから、1番いい専業主婦やってる訳で。
結局、自分の程度をわかってないか、身近な人間の悪口を言いつつ依存する「ママのご飯を食べながらくそババアと外で言う男子中学生」みたいなもんなのかなぁと思います。
幼いのかもね。

ただ、それも、その人のアビリティにあった人生なのでしょう。

そんなふうに思うと、世の中の色んなこと。
嘆いたり愚痴言ったり、何聞いても
「まぁそうだろうね…」
としか思えず。

表向きは言いませんけど。



人は、人生に物語を求めますよね。
それは、結局、物語じゃない所で人生が決まることへの裏返しなのかもしれませんね。


そして、老人がどんな話聞いても驚かないのは、その人なりにこう言う人生の法則を持ってて、その人の本質が見えてしまうからなのかもしれません。

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