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-honjitu no hirose-

アラサーオタク女が、婚活したり仕事に励んだり突然二次元落ちした結果、アラフォーに突入するブログです。

実は、転職活動してたんですよ。


仕事において。

20代はひたすらに作り上げる期間である。
30代は作り上げたものが正しかったか答え合わせをする期間であり、
40代は、迷う若い人に、自分が知ってる正しい答えを授ける期間である。
そして50代には全体を正しい方向へ導く期間であり、
60代は過去の栄光を話しながら椅子に座ってるぐらいがちょうどいい期間である。

という言葉を知りました。

面白いのは、
20代をしっかりやってないと30代が出来ないんですよね。
そして30代をしっかりやらないと、40代が出来ない。
だから、ドロップアウトしないようにしっかり地に足つけてやっていかなくては行けない。
深い言葉だなと思いました。




安室透さんは宗教でありモルヒネ。


最近、原因不明の体調不良で何日か会社を休んだ。
今日も今日とて「休ませてください」とメールを打ちながら私は何を思ってたかと言うと…


「おっさすがに仕事行きたくなさすぎて体がダメになってきたか。そりゃそうだよなぁ~」


初めて仕事の過労で倒れた時はそこそこに慌てたが、一回やってしまうと二回目からは慣れたものである。

体が嫌がってるんだから仕方ない。
そろそろ辞めるしかない。

問題は有休のあまりが全然ないこと、
やめた後無職をするには少しキャッシュが心許ないことくらいだろうか。
出来ればボーナスまではいたいところだが…


実はこの、仕事に行きたくない件。

私の事情と言うより、会社のコンデションに起因するものなので、周りも同じようにかなりダウナーだ。
しかも今に始まった話ではない。
周りは去年の夏頃からずーっとダウナーで、私より早く限界が来て辞めた人も多いし、仕事の都合である時期までは辞められない人(私はこっちのグループ)はメンタルがめっちゃ暗い。


しかし私は、ブログでもわかる通り、そんなダウナーにも負けず今日まで元気に過ごしていた。

お察しの通り。



「安室透さんにかまけてたせいで、現実のヤバさを直視してなかったから」



周りが次々ダウナーになるなか、私は安室透さんという「モルヒネ」により、今まで楽しくラリって暮らしてきたのだ。
ダウナーになってもならなくても、勤め続ける必要があるなら、ラリって楽しく勤めた方がどう考えたっていい。

本当に感謝しかない。

ちなみにモルヒネなどの精神・神経系に影響するドラッグの起源を調べると、古代はシャーマンが宗教儀式の中で扱っていたものが多いらしい。
(シャーマン本人が使ったり、古代の神に捧げるため生き埋めにした生贄の少女の口から大麻出てきたなどの話もある)

こうして考えると、やはり安室透さんは、宗教であり、モルヒネであることは、比喩表現でもなんでもない事がお分かりいただけるだろう。


しかし、公式からのゼロの執行人や安室透さん関連の供給が落ち着いた途端に具合が悪くなったのだから、安室透さんの健康増進効果がいかに半端なかったかを思い知らされる。

今の会社でいままでやってこれたのも、もはや安室透さんのおかげとしかいいようがない。


正直もう、安室透さんって、アニメコンテンツの域を超えてる。
本当に。



広瀬の帰還。


最近、二次創作をするようになったという話をしたが、
仕事が暇すぎて数週間、会社で二次創作の原稿をこそこそ書いていて思ったのである。


「そろそろ仕事したいなぁ~」


そう、オタク生活に飽きたのである。
飽きたというかやり切ったんだと思う。成仏した。
ゼロの執行人に落ちてからはや10ヶ月。
それは本当に突然やってきた。

相変わらず降谷零は最高に好きだけど、
彼はそもそも生活への侵食具合もかなりやばい。

まず月に2~4万円ペースで投資が必要なので、
食費を削るとか普通にあるし、
先月など家計費の45%が安室透関連費だった。
私は去年の春新居に越してるのだが、未だに家具もほとんど買えてない。
家具の予算を全部執行人につっこんでしまったせいで、一年経っても素敵な新居で古びたラグとちゃぶ台生活。

土日にほとんど家にいないので家が荒れるし、好きなご飯も作れないし、何より体力的にもかなりハード。

この落ち着いた生活が出来ないと言うのは、結構前からストレスだったのだが、今までは脳内麻薬で過ごしてきたので気にもしなかった。

ただ、ようやく色々落ち着いてきて、「きちんとした生活をしたい」と「降谷零が好きすぎる」が、ようやく拮抗状態になって来たのだと思う。


あとひとつ。大きいのが。
オタク関連で知り合った人達がそこそこ増えてきてるのだが、付き合いが長くなってくると

「世の中、いい歳してこんな人間いるのか」

という点が見えてくる。
自分が気に食わないと突然黙ったり、グループにいる人の悪口を散々言ったり。
特にこの「身内の悪口を人に言いまくるが、絶対その身内の前では仲がいい振りをする」というの、実際見てみて考えさせられるところがあった。

そんなに嫌ならどっかに行けば?と思うのにそれは絶対にしないのである。
孤独を恐れているのだろうか?
だとしたら、仲良くすればいいのにそれはしない。
で、関係の無い他人を悪口のゴミ箱として使い、ヘドロを撒き散らす。
また、自分がやった過失は許して欲しいが人のやった過失は絶対許さないという人もいる。

ここで面白い発見があったのだが、実は今までこういう自分の感情を他人の責任だと思ってしまう人たちを見て「性格が悪い」のだと思っていた。
ただ、人間、何かのおりに自分の行動をはたと振り返り「性格が悪い」と気づくのは避けられない。
そうすると「性格が悪い自分を騙しながら生きている」はずなのだが観察しててもそんな病んだ様子はない。
そのためそういう人達を「悪に対して自覚がない=サイコパスなのかな?」と思っていた。

しかし、実際は違ったのである。
色々観察したり調べてると
「自分が人に言う罵詈雑言は、ただの世間話(これは逆の立場だったら悪口だよな、と気づく力がない)」
「自分がやった事や発言したことを全て忘れている」
可能性が高いことがわかった。
つまり、バカなのである。

そしてそういうのを見るうち
「そうか、バカと付き合ってはダメなんだ」
と目が覚めた。

バカの近くにいると、バカによって感情が乱されるのだが、この時間が人生で本当に無駄なのである。
どうせ死ぬのに、こんな無駄な時間の使い方、ない。


しかしバカ本人としたら「自分は善良な人間」なので、「私こんなに頑張って優しいのに周りの人が優しくしてくれない」となり、さらなる不満を抱える。

ここでバカが排斥されるグループはまだいい方で時に
「バカは嫌だがバカに抗う力がないから、折り合いをつけてバカと表面で仲良くする」
「隣の人がバカの被害被ってても、自分は無事だから関係ない」
という人がいた場合バカは排斥されない。
バカのまわりに無関心の人間や力のない人間がいると、自浄作用が働かないのである。

これがよくある女同士のグループの揉め事の実態ではないだろうか?
と大変興味深く思った。

よく女は陰湿だというが、陰湿なのではない。
バカに立ち向かう力や、俯瞰的に見る力がない者の「自分が攻撃されないならよし」という感覚がバカをのさばらせる=結果的に陰湿な状態を産んでしまうのだ。
これは、男性でも同じだろう。
またクラス全体が知っているイジメの構造、いい人はどんどん辞めてクズばかり残る会社の理論とも近い。



仕事で知り合ってきた人間や長い友達というのは、ある程度好きで仕事をしてきたため、自分の行動に責任をもっていて、ある程度知性がある人(ここが大事、学力ではない)が多いので、そこまでヤバいやつというのは見ない。

でも、そういう閉じられた世界で守られてきたのに、この一年、オタクをやったためそこそこの人数の人間と触れ合ったせいで、いらんものまで見てしまったのだ。
(ちなみに今の職場もこういうタイプのバカは多いので、私がバカに出会ったというより、世の中こういうタイプの人の方が多い、という方が正しいような気がする)


考えもしなかったが、知性がないと、自分の行動や感情に自分で責任を持てないし、自省もできないのだろう。


バカと付き合ってはいかん、というと見下してるようだが実際そうではない。

世の中、どうせわかりあえないんだから、セグメンテーション(区分け、棲み分け)は大事だ、ということだと思う。
これは差別であるが、ある種の優しさだ。

だって、知性がない人に「そんなに人の文句撒き散らさないと生きてけないなら一人で生きろよ、自分の行動に責任もてよ」なんて言っても理解できない。
なのにそれを言うのは残酷だからね。

そして、自分に責任が持てない人がこの世界は大半なので、つまり友達なんてそんなに増やせない。
少ない状態の方がむしろ正しい。
きっと私もどこか別のセグメントからは「バカ」と思われている。それでいいのである。



それにしても、この一年、私は全く仕事をしていない。仕事してないからこんなに遊べてたんだけど。
長いバカンスも終わりである。
そろそろ自分の家に戻るか、と言った感じだ。



そういえば余談なんだが。

私は、たぶん人より観察したり洞察したりする方で、ここに書いた通り、人の発言の矛盾や裏に気づいたり、また都内の知らない場所の写真を見せられて10km圏内まで特定できたりもする。

一般人からも「探偵になれば?」と言われるのだが、洞察力が高いと、人間の裏や浅ましさに気づき続けるので、本当に病むのだ。

こうして考えると、探偵業もこなす公安警察の降谷零さんは本当にすごいと思う。
メンタルが強すぎる。
さすが私の推しだ。




#全く別件なんですが、コメント欄にあるkyさんという方のコメントがめちゃくちゃ心にくるので、みなさんぜひご参照ください。
お返事はまた返します…

だんまり人間。



ちょっと前にしった、日常で非常に役に立っている概念がある。

それは「ハイコンテクト文化」と「ローコンテクト文化」というもの。


https://ssl.pan-nations.co.jp/column/226.html

よろしくー!

https://shiro-shiro-shi-ro.hatenablog.com


誰も見てくれなくて寂しいからよろしくー!

このブログでやろうとも思ったんだけど、今後、他の会員や担当とかにブログ書いてるのバレた時に、婚活してる女=広瀬=ここに書いてるような仕事観とか心情を持ってる本人と結び付けられると面倒だなって。それだけ。

はてなのエディタ使いにくくて発狂しそうだから、本当はここでかきたい気もするけど。

あとスペックはぼかしてます。当然。

もう5本くらいストックしてますけど久々に筆がのってて、たのしい記事になるとおもいますよ。
当面は上記のブログの更新のが多いかもね。

まぁいつまで飽きずにやれることやら。笑

15年かけ脂漏性皮膚炎の脂性とニキビと毛穴を完治させた話。


というわけで、
今日は私と顔の油の戦いの遍歴について話をします。


私ね、顔の油がすごいんですわ。
これ体験してない人にはわかってもらいにくいのですけど、年中顔が油まみれ。
真冬でも。


化粧もすぐに崩れるので、11時、13時、16時、18時てな感じて直さないと顔が化粧と混じってドロドロになるんですよ。


しかも顔が常に油漬けになってるようなもんなので、顔の皮膚自体がおかしくなってて、
肌のキメがなく、赤みやニキビ跡が全然治らず、
ニキビが治ってもテカテカで毛穴が反射して顔中ボコボコ。
前髪は夕方にはスネイプ先生よろしくベタベタ。

洗顔は、脂性肌用をつかうと強すぎてニキビが出てしまうので、敏感肌用しか使えず。
しかし、それらは角栓が落ないので洗顔きちんとしてるのに顔汚い。
それをとろうと、酵素洗顔するとやっぱりニキビができる。
という無間地獄です。

ニキビについては、「ない時は驚く」感じで、ひどいとニキビの上にニキビが出来て黄色い汁が垂れ続け、常に激痛、みたいな時期もありました。当然表に出れません。

しかも30歳すぎても治らない。

そんな調子なので、
美肌になりたいとかではなく、人並みになりたいと思い、この顔の油問題にはそこそこのお金と時間の投資をしてきました。


10年(後半の毛穴・脂編も入れると15年)かけてありとあらゆる事をやったので話がすっごい長いので結論を先に言いますけど、前述のような状態に悩んでる人は、

・ニキビ
【第2類医薬品】半夏瀉心湯エキス錠Fクラシエ 180錠
【第2類医薬品】清上防風湯エキス錠 150錠
※口のまわりのニキビの人、とくにお勧めです

・顔の脂
アリナミンEXゴールド
※ビタミンB6欠乏原因の人はコレが効きます

P5P(アリナミンが高価すぎた時の代表品)
※ビタミンB6欠乏原因の人はコレが効きます

黒烏龍茶
※体内酵素リパーゼの働きがおかしい人はコレが効きます

プリマヴィスタ 黒
※化粧品。とりあえず原因分からない人はこれで何とか応急処置。めちゃくちゃおすすめ。普通の人には使えないくらい油抑える

・角栓
ダブルガーゼ+石鹸での洗顔
※面の皮が厚い人むけ。やり方は本文参照

・毛穴
グリシルグリシン
※誰向けに効くのかは不明だが私はきいた

ベアミネラルのジェルファンデ
※プロメイクさんから教えてもらった肌荒れがしないファンデ。プリマヴィスタ黒との相性も非常に良い。


【結局、原因はなんだったのか?】
グリセリンアレルギーだった。
普通アレルギーというと痒み赤みがイメージされるが、私は何故か油が出まくる体質だった。
グリセリン使ってる化粧品辞めたら、油が止まり、油が出なくなったせいで毛穴も一緒に治った。
(たったそれだけ?と思われるでしょうが、世の中の化粧品ほとんどに入ってるので、自然に回避するのは実質不可能)
ちなみにグリセリンフリーで肌綺麗になったあと、アリナミン、グリシルグリシン等過去に効果の高かったものを復帰させたら、かなり効いた(肌がさらに綺麗になった)ので、主原因ではなかったが実際効果は高い模様。



という話です。
漢方は、体質によりどちらか片方が効く場合と両方あわさって聞く場合あると思います。
私は当初は両方ないと無理でしたが、次第に半夏瀉心湯のみになりなにものまなくなりました。

効果は、私は3日で効果でました。
出来れば粉末の方がいいのですけど、最近は便利なので錠剤にしてます。


なんでこれにたどり着いたかは以下をどうぞー。
(※この記事はもともと、自分の研究記録帳だったのですっごい長いです…なんでそれにたどり着いたのか?などの理屈が知りたい人向け)


来年も生きたいと思う。


今年も一年お疲れ様でした。

今年のことは、もう色々書いてきたので今更書かなくてもよしとして。


仕事納めしてから何してたかって言うと。
年末にコナンの映画を立川川崎池袋で上映するイベントがあって、それを追いかけ回しながら間をぬってコミケに行って、はっと気づいたらに今。

30日なんて、朝に立川集合して応援執行したあと、そのまま南武線の始発駅(立川)から終点(川崎)まで各駅乗って、執行人もう一回見て、さらにから紅も見ましたからね。

年末まで何やってるのって話です。
歳を収める余裕がゼロ。


でもさっき、映画終わって大晦日に家に帰ってきて、服脱ぎながら「あぁ、来年も生きたいな」って思ったんです。

あんまり、生きたいって思うことがないんですよね。
すごく良かったことがあった年でも、まぁ今死んでも悔いはないかな、むしろ今がチャンス、くらいが良いところです。

そんなふうに思うなんて、
今年、性格が変わったなと思いました。
考え方も変わりましたし、(これは仕事の影響も大きいけど)
どういう風に生きたいのかも変わりました。


私がハマってるものは、アニメなんですよ。ただのコンテンツです。
でもそこで出会った人たちや、好きなものを共有する瞬間や、毎回お腹がよじれるほど笑った時間を通して、
人は何度でも生まれ変われるんだと、今年、何度も思いました。


人生もう折り返しって言ってもいい歳だと思うんですが、こんなに人生を変えるほどの出来事があるんですね。

衝撃的な一年でした。
おばあさんになっても、今年のこと、思い出したいです。
そういう一年でした。


来年も生きたいです。

皆さんも、よいおとしを。
来年もよろしくお願いします。

努力とは。


ある時20代前半くらいの友達が、仕事を頑張ってきたお姉さまの経歴を聞いたとき時に、
私も努力をしなくては、というようなことを言っていたのだ。

若い子にとってはやりあげた人間の努力論というのは、素直に聞けるしある種、感銘を受けるものなのかもしれない。

うまれて、はじめて。


今日は11/24です。
私が生まれて初めて、同人誌即売会で本を頒布した日でした。

続・意味があることと、ないことの狭間で。

前回の話から、少し思ったことがある。