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自信をもって。


みなさんこの話を覚えているだろうか。


結婚出来ない理由を垣間見る。 - -honjitu no hirose-

まとめると、私は何がほしいかすらわかってなかった、という話。

その後にこんな記事を書いた。

広瀬、冷麺の卵事件を語る。 - -honjitu no hirose-

まとめると、ほしいものが何かわかったはずだったが、口にできないでいる自分を感じた、という話。


このクッキーの話は、なんだかんだ良く私の前に現れては命題をつきつける。

最近、またこの話を思い出すことがあった。


この命題はいつも形を変えて現れる。


今回は「ほしいクッキーが残り1枚で、自分と自分の大事な人がそれを求めた時にどうするか」という命題であった。
正確には、私が私の欲しいクッキーをとると相手の欲しいクッキーが消え、相手が欲しいクッキーをとるとこちらのクッキーが消える、という話なのだが複雑になるので、クッキーは1枚、として話を進める。

私にとってそのクッキーはとても大事だとする。
しかし、私にとって大事な人も、そのクッキーを欲しがったとしたら…。



クッキーをとることは全然できる。
でも、それをすれば、相手とのわだかまりが残るだろう。

では相手を尊重してクッキーをあきらめたら。
私の中に、闇が残るだろう。自分で処理できるかわからないほどの闇が。



そういうことが、最近あった。





誰の利害もない状態で自分がほしいものを欲しいということは、簡単なのだ。いま思うと。


本当に自分が試されるのは、こういう時なのだ。

私が心から願う希望を叶えたら、誰かの不幸になる出来事があったら。

私がどちらかを選べば、どちらかの願いが叶う。
しかし、自分がそれを迷えば、どちらの願いもかなわない出来事があったら。



皆さんはどうするだろうか。





ちなみに私は、猛烈な胃痛に苦しむことになった。



実はまえにも何回か似たようなことがありそのたびに、あまりの胃痛に逃げたのだけど。
私はたぶん人の利害がかかわる局面での選択にものすごく弱いのだと思う。

そしてもう散々逃げたからこそ、今回は逃げないで考えようと思った。

最初のうちはあらゆる不安がもう次から次に出てきて、それはまさに口から無限にヘドロが出るような感じだった。

クッキーを得たものが失うもの、クッキーを諦めたものが追う闇。
とにかく逃げたいという気持ち。
そして、人を信用出来ないということに対するものが多かった。
考えても無駄な不安が次から次に出てきて、動悸もすごくて。

過去に何度も、この口から出るヘドロに参ってしまい、もうこれは進めることができないと逃げてきた。
でも、今回は立ち向かいたいと決めていたから、とにかくヘドロを吐き続けた。


そういう不安をちぎっては投げちぎってはなげして、何日もそうやって過ごして。

途中からは何が自分が不安なのかもわからなくて毎日毎日考えて「あ、ここが不安なのか」って理解して解決して。

そこからまたしばらくすると今度はもう明らかに明確な理由のない不安に苛まれるようになった。
不安ばかりで仕事が手につかないのだ。

で、「むしろ不安を取り除こうとするのが間違いで、この状態が続けば、不安に適応して不安が和らぐのでは」と思って試したら、多少不安が和らいだ。

しかしそのあとに胃痛に悩まされることになった。
毎日毎日、こんなにひどい胃痛は体験したことがないというほどの胃痛。
このままでは倒れるな…そう思って初めて、私は、どういう道をとるかを決めることができた。

何度も似たようなことがあって、何度も「私の性格では逃げるしかないのだ」と思っていたことに対して、人生で初めて、逃げる以外の答えを出すことが出来た。






それは、
「私は、人ともめて争ってまで、クッキーを得ることはしない、ということ」。

そしてもひとつ、大事なこと。


「クッキーを手を出せば取れる段階で、クッキーをとらないと決めること。」


クッキーをとれなくなってから、後付けで「クッキーがなくても生きていく方法」「クッキーがいらなかった理由」を考えても、無駄なのだ。


それをやったら、闇にのまれてしまう。
そうではなくて、選択肢がある状態で、取らないと決めること。



それは、なんでクッキー問題が起きるたびに不安になるのかというとことの、答えでもあった。

つまり、自分で決断しないため、周りの状況が変わる度に周りの都合で右往左往するはめになるからなのだ。
そして次第に自分を右往左往させる人を信じられなくなる。


私がクッキー問題が起きる度に感じてた強い不安の正体。
それは
「自分で覚悟できないばかりに、周りの覚悟に振り回されて右往左往する不安の予感」
だったのだ。


そんなもの、自分で振り回されないと決めるだけの話なのに。
なんでこんなことを、気づかなかったのだろう。






そして、ややあってからふと気づいた。



自分はどんなことがあっても、争ってまでこのクッキーをとらない。
それは相手ともめないためではない。

相手ともめることをしないと決めた、自分のためにとらないということだ。



そしてそれは、
「クッキーをとらないと決めた自分を信じる」
ということだ。

「もしかしたらクッキーが目の前に来たらとっちゃうかも…」という不安が自分の中に少しでもある時は、「クッキーを取らないという決断」は意味をなさない。
結局はその闇に飲まれて苦しむからだ。


だから、この選択には覚悟がいるのだ。

自分を信じるという、覚悟が。




これが、自分を信じるということだったのか…
これが、自信というものの正体だったのか…



もう10年以上、自分に自信がない事を自分でも感じて、他人からもさんざん言われて、本当にそれが原因でつらい事がたくさんおきるのだけど、
それでもどうしたらいいかわからなかった。

逆を言うと、自信がないから、この第三の答えを導き出せず、胃が痛い胃が痛いと泣きながら、毎回毎回逃げ回っていたのだ。











私はその後、クッキーがどうなってるのか、よく知らない。
ちょっと私の存じ得ぬところにあることもあって、流れに任せている。




私は確信をもってこの道を選んだのだけれど、やっぱり決断したからってそんなに簡単に胃痛は治らないし、「大変だけれど頑張っていこう…まぁなんとか…土の中で傷がいえるのを待つか…」みたいなちょっと疲れた状態にあった。
自分にとって、大きな決断をしたはずだけど、やっぱりすっきりしない部分もあった。

そんな時、ある場所で、名も知らぬ青年にその話をすることがあった。


彼は、私の話を黙って聞いて、時々力強くうなずいてくれ、そして私が話し終わった後、やや黙って、こういったのだ。

「僕はそういう時、あぁ、僕はいい人でよかったなぁ~って思いますよ。いい人でいれてよかった~って。」


目を細めて穏やかに微笑むその人を見て、あぁそうか、そう思えば私は救われるのか。と、彼の姿に救われたのだ。

うまくいえないけど、詭弁でない、本当に心からこの人はそう言ってるんだとわかる、私もそうありたいと強く思う、そんな素敵な話し方と横顔だったのだ。

彼の言葉は一瞬のはずだったけど、なんだかすごく長く感じて、彼の瞬きまで思い出せるような不思議な時間であった。

自分の願う道を進めば、必要な時に、必要なものが訪れるのだと、彼を見て感じた。




しかし、残念なことにもう、彼とは二度と会わないと思う。
なぜなら、そのあとに、こんな話をしたのだ。


「ぼく研究職だったんですけど、最近会社辞めて。
実は国の制度でこう、申請を通すと、国からお金がもらえて、それで大学に行けるそういう制度があって…。
やっぱり会社ではできないやりたいことがあって。で、申請が通ったので。もう来週には地方に引っ越すんですよ。」




申請出せば誰でも通るみたいな言い方してくるから、一瞬学振のことを言ってると気づかなかった。


そう、どこの誰ともわからぬこの青年は、学者の卵だったのだ。





もうここは蛇足の話ですけど。



前にある特定の職業の人がやたらよってくるという話をしたと思うんですけど、それは実は、ある特定の学部の大学の先生なんですよ。

なんかもう今まで散々寄ってくるから…みたいな言い方してたけど、もうね、たぶん私自身もアカデミアの人好きなんだろうねw
ふに落ちませんが、今回ばかりは認めます。





コメント

たまきんさん
最近ブログを目にして
、駆け足で全部読ませて頂きました。すごく惹き付けられる文章で、というか共感出来る部分が多過ぎました。内容に自分を重ね合わせてしまうんですよね。お会いしてお話してみたいなって思います。

ぴかちゅう
初めまして。先日このブログを見付けて、駆け足で読ませて頂きました。すごく惹き付けられる文章、というか自分に重ね合わせて読んでしまいます。きっと広瀬さんは素敵な病み方をしてこられたんですね。何回読み返しても、考えさせられます。
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