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honjitu no hirose

広瀬ヒロ

虚空に向かい思考を吐露して17年。 伴侶は孤独、幼なじみは希死念慮、命を支える偉大な信仰、降谷零。 自己葛藤から抜け出せない永遠のモラトリアム中年。引き続き、七転八倒をお楽しみください。

世の中の色んなキャンプ


前回の日記で、大企業の組織についてカルチャーショックを受けたのだが。

その話を知人としていて驚いたことがある。


実は、世の中の会社というのは2パターンある。
大企業と中小企業は気質が違うのでそれはそれで分かってたのだが、その違いの距離が思ったよりも凄まじく、例えるなら

キャンプ村




難民キャンプ


を一括りで「キャンプ」と呼ぶ位にめちゃくちゃに違いがあるようなのだ。

ちなみに中小とかのベンチャーは大体難民キャンプ型。
大企業はキャンプ村。

私が今の組織に馴染めないのも至極当然で、それは例えるなら。

「キャンプしようよ」と誘われたので、(それまでの難民キャンプでの生活を活かしてきちんとキャンプで生活できるように)防弾チョッキを着て銃と携帯食料を持って現地に向かったら、キャンプ村で私の姿を見た家族が悲鳴をあげながら逃げ惑って警察を呼ばれ、銃刀法違反で逮捕された。


みたいな状況に近い。
当然私の戸惑いも半端でないが、キャンプ村の人々の戸惑いも半端ではない。


ちなみに、キャンプ村の人間が難民キャンプに参加してしまった場合はまた凄い。


「キャンプしようよ」と誘われたので、お肉やおやつを持って現地に向かったら暴動に巻き込まれ、銃を持ってないため護身もできず、しかも周りは遠巻きに見てるだけで誰も助けてくれないので命の危機に…。

みたいなことになる。
難民キャンプの人間がキャンプ村に登場した場合は逮捕隔離されるだけですむけど、こっちは命がやばい。

その証拠に、難民キャンプ生活では「(サバゲーが好きで自信があって)難民キャンプに乗り込んで来た」みたいな人が時々現れるのだけど、治安の悪さに馴染めず気づいたらいなくなってる…みたいなことがよく起きる。
助けてあげないなんて非人道的だと思われるかもしれないが、難民キャンプ生活に適性がないのなら助けてもまた同じことになるので、助けないことが優しさでもあったりする。


この話は、体験した人でないと理解できないかもしれない。
私もうまく説明出来ない。



最近は毎日帰り道に「今日も1日キャンプ村で生き延びることが出来た…神に感謝しかない。明日は生き延びられるのだろうか…」と誰ともなく祈りながら帰っていた。

それくらい、キャンプ村での生活は困惑に満ちたものだった。

今日縁あってはじめて、キャンプ村での適切な生活の仕方をレクチャーしてもらい、そこで初めて「キャンプ村はそもそも難民キャンプとは別物」と知った。
同じキャンプって名前なのに…まさかの。


私はこのキャンプ村で生きていけるのだろうか。


私はもうそこそこ今の会社にいるのだけど、来週から初めて、今の会社に入社するのかもしれない。












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