遠くの世界に来て思うこと - -honjitu no hirose-
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遠くの世界に来て思うこと

2018/ 06/ 08
安室透さんとオタク
                 

寝ても覚めても降谷零のことばかりなのだが、
このことについて少し思ったことがある。


まず、私のここ最近の生活を知って欲しい。


月曜 普通にアニメ見る
火曜 サンデーを買いにいく
水曜 映画を見に行く
木曜 ご飯を食べに行く
金曜 普通に過ごす
土曜 友達と遊ぶ(安室透関連)
日曜 友達と遊ぶ(安室透関連)

これがここ1ヶ月のモデルプランだ。
とにかくひたすら毎週遊んでいる。

前にも触れたが、とにかくオタク活動が盛んになったため友達と会うことが格段に増えて、平日も土日も出かけてることが多い。


私は、仕事に打ち込んでいた12年間、こんな暮らしをしたことが無かった。

そもそも平日に映画を見るなんて数年前までしたことが無くて、
平日に友達とご飯を食べることも、仕事が終わらなくて焦ったり仕事が雑になるのが嫌で、めったに約束をしなかった。


土日は労働が過酷なのでほぼ睡眠。
友達とご飯いくのも月に1~2回だったと思う。

仕事で知り合う周りの人達も土日死んでることが多く、まぁ働く若者なんてこんなものだと思っていた。



でも、今こうして楽しく遊ぶ世界に来て、
もしかしたら、自分が社会人として生きてきた、私が普通と思ってた生活は、すごく変わった生活だったのかなぁと思うようになった。
もしかしたらこっちが普通なのかなぁ、と。


こっちの世界に来て驚いたのは、自分の生命を賭けて働いてる人がいないということだ。

自分の全てをつっこむような生き方をしている人がいない。
仕事や何かでの成功失敗が自分の存在理由に直結する人達がいない。

そういう生き方は、上手くいってる時はいいが、しんどい時は悲惨だ。
死ぬほどきつくてもやるか、死か。2択。
立派な職業についてる人も多かったが、総じて闇が深い。

今はそんなことない。そのかわり、成長もない。


その頃は、他者はすりガラスの向こうの風景みたいなところがあった。


もちろん友達はいたし、人間大事、友達大事と思っていた。
でも今と比べると感覚が少し違う。

最たる例が褒められた時だ。

例えば、本に「君はすごい!君を好き!」と書いてあるのと
誰かに「君はすごい!君を好き!」と言われるのは全然違うと思う。

昔はどっちも本に書いてあるくらいにしか感じなくて、余程のことでないと、褒められても響いてこなかったし、言われてることがすり抜けてくような、他人事のような、そんな感じだった。


思うに。
極端な生き方をすると、「死んでもこれを果たす」みたいな感覚になるので、死ぬこと以外はかすり傷的な感覚になってくる。
そうなると、耐え難い、嫌だ、つらい、やめたい、みたいな自分の人間的な感覚がどんどん封じられてゆく。


そして、自分の「人間の部分」を殺すせいで、「他者が人間であること」すら感じ取れなくなっていく、
それがすりガラスの正体ではと思う。
これはモラハラ、パワハラをする人が頭がおかしい理由にも通じるところではないだろうか。

また、自己肯定感の低くなる原因もこれではないか?と思う。

自分の中の人間性を殺すと、他人の人間性を感じられない。
そうなると、人から褒められても、「まぁ誰にも言ってるんでしょう」くらいにしか思えず、その相手の心が自分をすり抜けてしまう。




しかし、なんで私は「褒められて嬉しい」がわかるようになったか?
これが冒頭の話になる。

今「楽しいこと以外一切やってる暇がない」。

そうやって、楽しいことだけをやり続けた結果、楽しいという評価軸ができて楽しくないことや、やりたくないことが分かるようになった。

すごいわかり易いけど、ほんとにこれだけなのだ。


うつ病患者に毎週1万あげるとどんな薬より効くって論文もあったし、これはあながち間違いじゃないのではと思っている。
1万もらったら、やりたいこと、楽しいことをやるはずだしね。


そして、この楽しいことには大事な条件がある。

「楽しいことが、自分が何者かになることに繋がらないこと」だ。

仕事が楽しいのは、自分が出世したり昇給したりキャリアをつめたり、明るいビジョンがあるから楽しい。
医者と付き合うのが楽しいのは、自分医者夫人になるビジョンがあるから楽しい。


それ、出世や医者夫人という見返りがなくてもやる?

そういう報酬を目的とした楽しさは、知らないうちに「未来の報酬のために何らかの我慢」をしてることが多い。
そうして嫌なことに目を瞑り、自分の「人間の部分」が黙殺されていく。

また、人の人間の心が感じられないという割に、他人の怒りだけ100倍くらい敏感なのは、「見返りの実現を脅かされることに怯える」ためだ。


いまなど、何者にもなれないどころか体力と気力とキャッシュをものすごい勢いで浪費しているだけで、むしろロスしかない。
ロスしかないけど、それが楽しさの秘訣だと思う。


以前の自分がそんな事言われても、???だったと思う。
見返りのために頑張ってない、楽しいから頑張ってるのだ、と。
でもきっと、どこか殺してる部分があるのだろう。
なんかしら、無理してるのだろう。

安室透は、人生のいろんなことを教えてくれるなぁ。









そういえば余談だけど。

安室透界隈って、当然私より若い子が多くて、この年でガチで安室の女やってる人ってほんとにいないんですよ。
そこに混じって、20代全く遊ばず仕事ばっかりしてた30代が放つ、アニメキャラへの本気の投資。

先月今月のカード請求額を見た時は、
「大丈夫、ソシャカスは課金は家賃までって言うし。それと比べたら全然OK。セーフセーフ。」
と心で思いました。


人間極端な生き方をすると、だいたいどこかでつけを払わされる。

真理でございます。



                         
                         

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