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ある日、エッグスシングスで。



ある平日。
午後に銀座で仕事があり、一人だったので、仕事の前に適当なところでランチを食べることにした。

たどり着いたのはエッグスシングス。

無性にむしゃくしゃしていた。
暴力的なものを食べたかったのだ。





で、食べながらはたと気づいた。

昼下がりの優雅な店内。
私以外、客が全員、主婦風なのだ。

しかも、ただの主婦ではない。
平日の昼間から、銀座の一等地で洒落た格好をして、1500円のパンケーキを和やかに談笑しながら楽しめる主婦である。
または、ランドセルを脇に置いた子供が宿題やってる横でスマホ触りながら、パンケーキを食べる主婦。


仕事の合間、私は自分の金でオーダーした一番安いパンケーキを食べながら、彼女たちを呆然と眺めていた。

圧倒的な社会格差を感じた。

もはや有閑マダムのために作られた優雅な店に、薄汚れな身なりの労働者が紛れ込んだような気さえする。

彼女たちを見て、この世の覇者だ…と妙に感心した。



で、この体験。
自分の中にとんでもないカルチャーショックをもたらした。


私はずっとお母さんは大変なものだと思っていたのだ。


お母さんは大変。
休みがない。
みんなのために頑張ってる。
誰も家事を手伝わない。
旦那の面倒を見なくては行けない。
旦那デスノートに書きたくなるくらい恨みつらみが募ることもたる。

そんなふうに思っていたわけだが…


「といっても平日の昼から人の金で優雅に高級パンケーキ食べてるわけじゃん」


そう、これである。



また、この光景を見ていて思ったのだが…

「主婦は年収にすると○万円!もっと平等に扱って!」
といった主婦業は会社労働と同等の重さだ、と言わんばかりの言説があるが、会社勤めと同等の扱いを求めるのには無理があるなと思う。

理由として、まず第一に、主婦は具合が悪ければ自分の都合で休めるし、厳しいペナルティもないし、長時間労働であるものの労働としても相当軽い点。

第二に「家庭の基盤をになってない」点で主婦業はストレス面でも相当軽い点。

私は一時期、世帯主に近い状態になっていて、自分の身に何かあったら、家族全員の生活が立ち行かなくなるという暮らしをしていたのだが、
自分の労働によって人の人生が左右される、というプレッシャーは、相当に重い。
これは、それまでに感じたあらゆるプレッシャーとは質が全く異なり、体験しないと絶対にわからない類のものだった。

第三に、専業主婦には、旦那と自分の地位は同じ、という考えがあるようだが、じゃあ実際、社会労働であなたは旦那と同じだけの責務に耐え、同じだけ稼げる才覚があるのか?と言ったら、そうでない女性が大半だろう、という点。


主婦は、こういったその家族を支えるプレッシャーや社会の責務を夫にすべて背負わせてる分、かなり軽く生きているはずで、そういう意味でも、労働として平等に扱えというのは無理がある。

さらにその上で、人の金でパンケーキ食べられるんだから、労働的な意味では、主婦が軽んじられるのも無理はない。
だって正直、楽だもん。


しかしながら、私は専業主婦は滅びろとか、悪いとは思わない。
こんなに沢山メリットがあるのだから、むしろ積極的になるべきだと思う。

なぜなら、専業主婦は、「富国強兵」という男性社会が掲げた政治施策によって爆誕した100%男性の都合の女性貴族制度だからだ。

勝手に作られたものを利用して何が悪いのだ、という話だ。


貴族制度に嫉妬する下層労働者階級の男性が専業主婦のことをあれこれ言うが、そんなの言わせておけばいいのである。
お門違いも甚だしい。
そんなに不満なら、下層労働者男性は、制度を作った男性社会そのものと男性同士で殴り合っておくれ、という話である。





さて、専業主婦はそれでいいとして、次に思ったのは兼業主婦のことだ。

兼業主婦は、冷静に考えたら、おかしいのである。

専業主婦は、労働として軽んじられるデメリットを受ける代わりに、社会労働という人生の重荷から解放されるメリットを享受している。

一方、兼業主婦は、デメリットを専業主婦とほぼ同じ(大体女性の家事負担は7-8割らしい)ぶん受け入れた上で、専業主婦のメリットを放棄している、ということになる。

…正気か?という話だ。


ていうか、
家事も育児も仕事も完璧にこなすお母さんすごいっていうより、もはや
「ブラック企業で不平等な契約で働かされても、頑張って前向きに乗り越え、制度自体に疑問を抱かないブラック企業社員のそれ」
と違いがあるの????
って話では……?

私はこの日まで、兼業主婦の世界しか知らず、それ故にそれが普通だと思っていたが、専業主婦の実態を目の当たりにして、比較対象ができたことで、現状の兼業主婦の置かれた立場はさすがに低すぎないか、とはじめて疑問に思った。



ブラック企業を存続させるのは、ブラック企業でも耐える社員がいるからだし、
ブラック家庭を存続させているのは、ブラック家庭でも働くブラック兼業主婦がいるからなんだよなぁ。


そう思うと、疲れているなら、家を散らかし放題にし、掃除もせず、料理もせず、放置すればいいんでは、と思わずにいられない。

組織にどんなに致命的な問題があったって、頑張り屋の社員が問題カバーしてるうちは、誰もそれを問題と思わないのと同じ。
その社員が倒れて初めて、組織はどうするか考え出すだろう。

あと、兼業主婦が頑張れば頑張るだけ、「でも世の中には、家事も育児も仕事も完璧にこなしてる人もいるよね?なんで君は頑張れないの?」という、男性の家事をしない言い訳の口実を与えることにもなる。
(実は、相談所に入ってた時、私は全てを完璧には出来ないと予告したところ、男性からこう言われたことがある。正直、だったらお前がやれしねと思った。)

兼業主婦の献身が、隣の兼業主婦、未来の兼業主婦を苦しめる。
逆に言えば、兼業主婦の怠慢は、隣の兼業主婦や未来の兼業主婦を救うだろう。


もう少し、兼業主婦自身、人権意識をもった方がいいのではなかろうか。
輝く女性なんて、馬鹿げた言葉に惑わされずに。


談笑する様子の専業主婦たちの横で、会議の時間を気にしつつ会計を済ませながら、そんなことを思った。





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