なんだか少しいい話。 - -honjitu no hirose-
FC2ブログ
        

なんだか少しいい話。

2020/ 09/ 04
よた日記
                 

一般的に自信が無い人って、自信のなさの根拠を持ってますよね。
たとえば
「ブサイクでコミュ障で、頭も悪くて、職歴もなくて、だから自信が無い」
みたいな。

そして、自分は、ずっと、そういう自信のなさの根拠をひとつひとつ克服していけば自信がつくのだと思って生きてきたんですよね。

でも、結果的には、
「自信をつけようと色んなことをやってみたら、自分は案外、やればなんでもできるらしく、どんどん万能になったけど、肝心の自信は皆無のまま。」
という謎の状況になりました。

これは、自己有能感と、自己信頼性はMAXなのに、自信だけがゼロという状態です。

いやいや、どんな状態だよ?と思われるでしょうが、「自分の能力」に関しては、過去の人生の難しい局面を超えてきた実績があるので、絶大な信頼をよせてるのですが「自分の存在や肉体そのもの」に関しては、いなくてもいいのでは…?と思ってる感じですね。


そして、そんな感じで長年生きてきたのですが、ある時、ネットで面白い意見を目にしました。


「自信のある人で、明るさと心の余裕がない人を見たことがない。つまり、自信をつけることは出来ないが、明るさと心の余裕を持てば、自然と身につくものなのではないか。」


たしかに…言われてみれば。
そして、この話を目にして思い出したんだけど。

世の中には園芸オタクガチ勢というのがいて、彼らは自分で畑持って、農作物を作っています。
彼らの目標は、もちろん、美味しくて立派な農作物を作ることです。

じゃあどうやって、いい農作物をつくるか?なんですが、良い作物作りには、良い肥料作りが大事で、肥料の中でも最も良いのが、堆肥らしくて。
そういうわけで、真の園芸オタクガチ勢同士が集まると、話の8割は、作物ではなく、堆肥作り(≒糞尿と生ゴミ)の話が中心になるそうです。
嘘でしょ。

いい作物を作りたい時、
良い作物のことを考えても、良い作物は作れないが、
良い堆肥のことを考えると、いい作物が作れる。

不思議な因果のパラドクス。



「自信は明るさと心の余裕」もまさに同じ話で、
自信を付けようとしても自信はつかなくて、明るさと心の余裕をつけることを心がければ、結果的に自信がついてくるというものなのでしょう。

じゃあ、明るさと余裕って、どうやって身につけるの?という話ですが。

ある時、そのヒントになる面白い話を、カマたくさん(100万フォロワーのカリスマゲイバー店員)がツイキャス配信でされていまして。

「(テレビやメディアの仕事が増えているが)ずっと続くものでは無いし、いずれ無くなっていく仕事って言うのは、分かってる。
だからこそ、今しかできないことなんだ、って楽しんでやってる。
そうして、自分がまた次、どこか違う世界に行った時、いま体験してることを経て、その世界を見るのと、今の体験をしないでその世界を見るのでは、見えるもの、景色って、全然違うと思う。」
(意訳なのでだいぶ違うかも)


いやほんと、そのとおりだよね。
私はサラリーマン仕事が好きだけど、定年までと考えても、あと25年くらいしかできないんだし。
大事な人と過ごす日々も、無限に続くように感じるけど、それは限りあるもので、今日すごした一日は、昨日にも明日にも持ち越せない一日です。
それは、ネコチヤンやワンチヤン、トリチヤンと過ごす日々も同じでしょう。

日々を今しか出来ないことだと楽しむこと、そして、今をしっかり生きていれば、未来がどうなっても大丈夫、という気持ちになり、それが明るさや余裕に繋がるのかな、と考えさせられました。


私も中年になって、自分の今、目の前にあるものを、いつのまにか当たり前に思ってしまってるな、と、この話を聞いてしみじみと思いましたね。
いかんいかん。

というわけで、話が色々とびましたが。
今日の話は
「自信をつけようと思ってもつかないが、明るさと心の余裕を持つと勝手についてくる」
「明るさと余裕は、日々を"今しか出来ない事なんだ"と思って楽しむことで生まれる」
という、なんだか少し良い話でした。

今日はここまで。
                         
                         

コメント