いつも死にたくなる僕たちは - -honjitu no hirose-
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いつも死にたくなる僕たちは

2020/ 10/ 25
よた日記
                 
最近驚いたんですが、死にたいと思ったことのある大人は60%にも達するそうです。
多すぎてびっくりしました。

そんなに死にたいと思ってる割にはそんなに死んだ人が多くない印象です。
そう。
これは、最近、自分でも気になっていたことでもあるのですが、こんなに毎日死にたいと思ってる割に、本気で実行したことがないんですよね。

芸能人のニュースを見てて思ったんですが、やっぱり自殺する人って実行力が違うんですよ。
やる気とか本気度が自分と全然違う。
そう考えると、私なんて、漫画家になりたいと思いながら、漫画は一切書かずに、サインの練習したり、作品がヒットしてインタビューされる時の妄想してるオタクみたいなものです。

ちなみに、過労死白書によると、過労で自殺する人の51%は発症後29日以内に自殺するそうです。
真面目な頑張り屋さんは、どんな時でも仕事が早い!


しかし、前述の通り、多くの人が死にたいと思うわりには、自分のような、言う割にやらないタイプが多いように感じます

自分の中の「死にたい」ってなんなんだろう……?
そんなことを夏頃からしばらく考えてたんですけど、ふとコロナの時に、全く希死念慮がなかったことを思い出しまして。

もしかしたら、自分の「死にたい」は「生物としての死」を望んでるのではなくて「生きてる中でのなにかを避ける手段として死を望んでるだけ」のではなかろうか、と。

生きてる中での避けたいなにか、とは、主に人間との接触です。

でも、この世の中で、本気で人間との接触を避けるのって、やっぱ難しいんですよね。
本気でやるとしたら、辛うじてアマゾンは配達してくれる程度の田舎の山奥の土地を買い、そこに水道と電気を通して、家を建て、完全に篭城するしかありません。
出来ることなら死んだあとは、死後速やかに死んだことがどこかに連絡が行くシステムを作っておき、代行業者に火葬してもらったあとは敷地内に予め作っておいた墓スペースに散骨して欲しいです。

言うのは簡単ですけど、実際問題、死ぬまでその暮らしをするには、なにより資金繰りが大変ですし、田舎の山奥の土地を探したり、電気や水道の申請や工事をしたり、その上で建屋の調達をして…など労力もかなりかかるでしょう。

実は、私、本気でこの生活がしたくて、最近、週末になると、めぼしい土地を探すため、関東の山奥に行っては、土地や周辺環境の調査をして回ってるんですが、土地探しの時点で、既に苦戦してます。
希望する地域の中で、自分でも手に負える広さの山林で、地形や景観、地盤の条件が良く、固定資産税や贈与税も賄える範囲で、散骨に関する条例規制が厳しくなく、地主や地元の方の雰囲気なども良い場所となると、そういい土地ってなくて。夢は遥か遠いっす。

それと引替え、「本気で人間との接触を避ける」を叶えるって意味では、生物的に死んだ方が遥かに簡単なんですよ。
簡単な上に、早いし、安いし、確実。

人生の苦痛を避けて生きるのは、金持ちだけの特権ですが、
人生の苦痛を避けるために死ぬという選択は、あらゆる苦痛を金で解決する(=金の無い者は苦痛に甘んじるしかない)資本主義社会に残されてる数少ない「平等」だと感じてます。

なので、やっぱり生きてる以上、死にたくなってしまう…。
こうして書いてみると、やはり死にたくなるのは仕方ないような気がします。
自分の場合は今の暮らしを続けて人と接触し続ける限り、希死念慮は付きまとうのでしょう。南無三…。


なんでそんなに人間が嫌なのかと言うと、人間の社会、主に人間の抱く感情って自分にはハイカロリーすぎるんですよね…
油ギトギトの豚の角煮みたいなイメージです。
若い頃は体力があったのと、社会はそういうものだと思ってたので、下痢しながらもその角煮食べてましたけど、もう歳とってきてさすがに…無理かな…見たいな。

具体的にいうならば、世の中って命は大事、仲間は大事と言いながら、自分に都合が悪い時、役に立たない人間には容赦なく死体蹴りする人は珍しくなく、その矛盾についていけない、みたいな話ですね。
それは俯瞰してみると一貫性のないバケモノであり、残酷さ、矛盾の多さに満ちてるが、その矛盾に気づかない人の方が、世を謳歌し、人間が好きで自己信頼も高い、みたいな不可思議さも内包しています。

これは、自分がその被害を受けたから嫌ってるとというよりも、どっちかって言うと傍から見てて恐ろしいと感じたことの方が多い気がします。



そんなわけで、特にオチもありませんが、ご自身や周りに「常にうっすら死にたいけど、自殺するほどではない人」がいたら、ぜひ身の回りの、日頃から普通にやってるけど、実は死にたいほど嫌な何か、を聞いてみるといいかもしれません。

案外私のように、生物的な死を選択しなくてもいい場合もあるんじゃないかな。


                         
                         

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