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honjitu no hirose

広瀬ヒロ

虚空に向かい思考を吐露して17年。 伴侶は孤独、幼なじみは希死念慮、命を支える偉大な信仰、降谷零。 自己葛藤から抜け出せない永遠のモラトリアム中年。引き続き、七転八倒をお楽しみください。
#コメントありがとうございます。ありがたく拝見しています!

決められた小舟に乗せられ、流されて。


私は今、23区に住んでいる。
そこに住んでる理由は、家賃が払えるからと、体力がないため長い通勤時間に耐えられないからだ。

三十半ばを超えるが今も独身で、一人暮らしをしてもうだいぶ長い。
一人暮らしをし続ける理由は、色々あるが、他者への性的関心が薄いこと、家に人がいると疲れること、結婚すると成人男性の世話もせざるを得ないことへの疑問は大きい。
人間のことは嫌いではないが、長い間人といると、エナジードレインよろしくエネルギーがどんどん無くなり弱ってしまうため、仕事をして家政婦をしながらエナジードレインされるのはさすがに厳しいと感じている。

また、生まれた時代が、たまたま皆婚社会の昭和ではなく、親から「結婚できない女は死んだ方がいい」という教育を受けず、生まれつき、孤独に異様に強く、だいたいの事は人がやるよりも早くできるため、一人でいる事に何も不自由がないことも、1人をやっていられる理由だろう。

そしていちばん大きいのが、経済的に自立できていること。
経済的、体力的に一人でやっていく力がない人は、こんな悠長なこと言ってられない。


うちの会社には大卒以下の社員がいない。
契約社員ですら、大卒以上だ。
そして、なんでこの会社に入れたかといえば、自分が大卒で、専門的なスキルを持っていたためだ。
自分の専門領域に関しては、昔から
「全くやった事がない、見たことがないことでも、パッと見だけで理屈が理解出来たり、そうでないものでも5分ほど説明されたり、本をペラペラ読んだだけで、すぐに業務で実践できる」
という謎の特性がある。
これに、幼少期親の顔色を伺い怯えて暮らしたことによる「異様に察しがいい」スキルが相まって、企業勤めにおいては便利な人材という評価を受けやすい。


最近、特に思う。
この今の人生の状況に、「自分」という存在の寄与がどれほどあったのだろうかと。
どれかひとつでも、自分の力でなし得たこと、選択したことなどあるのだろうかと。



会社で働き続けられている理由ひとつとっても、本人ではどうしようも無い部分で「どれだけ社会で活躍できるか」が決められていることを感じる。

そもそも女性は、仕事の能力以前の、遺伝的、養育環境的な要素で、社会の活躍度合いが決まってしまう部分が大きい。
たとえば、
・大卒である
・身長が低くない
・顔の造作が極端にいびつではないが、美人でもない
・根性がある、物怖じしない
・舐められにくい雰囲気がある
・他者からの威圧や業務上の過酷な状況に泣いたりパニックになったり、周りを攻撃するなどせず、耐えられる
・生理が重くない(実はこれが最も重要な要素)
などだ。

※女性の身長や容姿が企業勤めに与える影響は論文などでもよく指摘されている。

男社会で女性がまともに長期間働くには、最低限これらの要素を兼ね備えている必要があるが、全部かね備える女性は極わずかだ。

そして、これらの条件が揃わない多くの人は、
・能力が高くない、労働意欲が高くないなどの理由で、職場で自身の立ち位置を築けない
・立派な学歴でプライドが高いため、周りは期待するが、それに見合う精神力がないためヒステリーを起こし目も当てられなくなっていく
・とても努力家で真面目だが、周りから威圧や過度な要求に心折れていく
・能力勤務態度以前に、生理が重く月に1~2回は欠勤するため、労働し続けることが厳しくなる
などに直面し、企業労働から卒業してゆく。
皆さんも、このエピソードを見て、ひとりやふたりは顔が思い浮かんだのではなかろうか。

ただ、それは悪いことではない。
女性は営利的な労働をしないことや、企業労働に不利な性格が社会的に是とされ、親もそのように教育するため、社会に出た時、こうなる方が自然なのだ。



多くの女性は、企業労働を卒業する理由を
「母親になりたい」
「家庭が大事」
「女性で働くのはお金が無い人のやること」
「仕事はだいたいやったからもういい」
などと様々な理由を言うが、
実際のところは、本人のもつ遺伝的な要素とそれにより得る給与が割に合わない、もしくは遺伝的に企業労働よりも家庭労働に向いた遺伝特性を持っているため、生存戦略上そう述べている部分が大きいと感じる。
(なぜなら彼女たちに「あなたの能力に適したレベルの在宅でできる時給5千円の仕事あります」と言ったらやるという人が多いだろうから)

これは、本当に本人の選択の結果といえるのだろうか。
本人はさも「社会よりも家族を選んだ」というふうに話すため美談のように見えてしまうが、
遺伝子の都合でそれしか選びようがない、選ばざるを得ないという言い方が適切だろう。
働き続けている私がそうであるのと、同じように。


自分を振り返れば。

自分が大卒であるのも、親が大学進学を許したからであり、最低限、受験料や入学金を払える経済状況の家庭に生まれたからだ。
当時は短大進学がまだまだ主流だったため、私も当初は短大志望だったが、今振り返ると、短大に進学していたら今の人生はなかったなと思う。

そして、学歴や頭の良さは、生まれた地域、親の学歴、資産、遺伝上の賢さでほぼ決まるというのは疑いようもない定説だ。

また、この職業を続けられるのは、得た情報を素早くを理解する脳の特性を持っているからだが、これは父親の遺伝によるところが大きく、その遺伝子を受け継いだのは、私の意思ではないし、親を選んだ訳でもない。

一方で、その親のもとに生まれたばかりに、人間全般に対する根源的な恐怖をいだくこととなり、人といると疲れると言った特性や「異様に気が利く」というスキルが着いてきたが、これも親を選べなかった故に身についた、負の才能だろう。

そして言わずもがな、通勤する体力がないというのは、生まれつきの体の弱さのせいであり、一人でいられるのは先天的に異様に孤独に強いからなのだが、これも自分で選んだ訳では無い。

そもそも、世の中、あらゆる才能や性格特性は「遺伝要因」と「環境要因」にふりわけられ、遺伝要因を持っていなくても、環境要因により後天的に才能を開花させられる、というふうに言われているが、「環境=親」を選べない時点で、才能や性格特性、いき方、考え方、趣味趣向はおおよそ自分の力の及ばぬところで決まってしまう。
つまるところ、「自己の人格、行動の一切が、自分の選択、行動、努力の結果である」と考えるのは無理があるのだ。


そういうことを考えだすと、
明日誰と遊ぶか、
今日なんのテレビを見るか、
誰とどう暮らすか、どこで暮らすか。
どう生きてどう死ぬのか。
といった一挙手一投足まで、遺伝条件と環境条件によって決まっているような気がしてくる。

自分で選択したように思える人生の局面だって、結局は、自分の特性や置かれた状況により「さすがに無理な選択肢」があらかた除外され、その狭い選択の中から、遺伝によって決められた自分の判断能力に従いなりゆきで決まっているに過ぎない。

たとえば。
「ここで人を殴ったら逮捕される」
という局面ですら、

・衝動性を抑えられない遺伝的要因
・衝動性を抑えるような暖かく安心な養育環境を与えられなかった環境要因
・強い攻撃性により社会的に孤立してるため、矯正機会にも恵まれず、今後の逮捕に対する罰の効果も薄い

などが揃えば、人は容易に殴ってしまうだろう。
逆に

・ふと可愛がってくれたおばあちゃんの顔が過った
・こんな自分はダメだと思って自制した

等で殴ることを止められるかもしれないが、これもまた、遺伝的、生育上の環境的要因でしかなく、自身が人生に寄与する余地はないだろう。
優しいおばあちゃんがいたこと、それを覚えていたこと、それが心に響いたこと、とっさの自制心が備わっていることは、本人の努力や選択の結果ではない。

細かいことをいえばキリがないほど、一切合切がそうなのだ。

人間は、人生の全て、自分で決めたような顔をしながら、今日も、人生という大河を勝手に決められた小舟に乗せられ、流されているだけではなかろうか。


おそらく、多くの人は歳を重ねるにつれ、このことに気づいていくのだろう。
だから、歳をとっていくと、まともな人は、人の行動がどうだこうだと、とやかく言わなくなるのだ。

自分も相手も、誰かの力で決められた小舟に乗せられた、ただの小さな生き物だとわかるから。
変えようもない中で、そうなっていることがわかるから。




ふとしたとき、ぼんやりと頭をよぎる。
この人生において、自分の寄与できることは、あるのだろうかと。
未だにそんなものがあるのかどうか、私は分からないままでいる。










餓死した英霊たち の感想。 →

2 Comments

広瀬 says..."Re: 自由意志(Free Will)について"
ありがとうございます。
伝わって嬉しいです。
コメント拝見して、自由意志のない中で生きているとしても「誰に理解されるとも思ってなかった思考が伝わった」という感情はやはり嬉しいものだとおもいました。
たとえそれが、遺伝と生育と経験によって生まれたものだとしても。
取り留めのないことを書くことが多いですが、よろしくお願いします。

>仮に、自由意志と思われるものが存在しても、私たちは遺伝要因と生育歴或いは現在に至るまでの経験に、支配されるのが現実と言っていいというのが、私の考えです。人生とは孤独です。やりたいことも、感情を司る機構さえも、自分には制御できないものなのです。それを踏まえて、どう生きるか。私も暗中模索しています。とても共感しました。拝読させていただいたのは、はじめでですが、今後とも宜しくお願いします。
2021.07.06 12:04 | URL | #- [edit]
まる says..."自由意志(Free Will)について"
仮に、自由意志と思われるものが存在しても、私たちは遺伝要因と生育歴或いは現在に至るまでの経験に、支配されるのが現実と言っていいというのが、私の考えです。人生とは孤独です。やりたいことも、感情を司る機構さえも、自分には制御できないものなのです。それを踏まえて、どう生きるか。私も暗中模索しています。とても共感しました。拝読させていただいたのは、はじめでですが、今後とも宜しくお願いします。
2021.06.27 20:32 | URL | #- [edit]

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