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honjitu no hirose

広瀬ヒロ

虚空に向かい思考を吐露して17年。 伴侶は孤独、幼なじみは希死念慮、命を支える偉大な信仰、降谷零。 自己葛藤から抜け出せない永遠のモラトリアム中年。引き続き、七転八倒をお楽しみください。

いのち


今日の午後、会社で昼を食べながら、元首相が銃撃されたニュースを、ネットで見ていた。
テロは許されない。
民主主義は暴力に屈してはならない。
そんな言葉がSNSの濁流に流れるのを見ながら、
しかし、見方を変えれば、無敵の人は、民主主義という暴力が産んだ産物ではなかろうか。
そんなことを考えていた。


心肺停止というのは、実質的に死亡しているが、医師が死亡判断をしていない状態を指す場合もあるらしい。

私はそれを見ながら、全く他人事で見ていた。

その事件が見せつける、命が突然終わる恐怖を、この世にあってはならない不幸を、私はその時、本当にわかっていなかった。
感じ取れていなかった。


その一時間後、会議から戻ると、私物のスマホにものすごい数の不在着信とlineが入っていた。

母親からだった。

父が、危篤になったという知らせだった。

本当に突然だった。

母親の気の動転は手に取るようで、
私も会社の廊下で、恐怖に涙しながら会話をした。

生きていて、こんなにも恐ろしい感情があるのか。
意識と視界が散漫と墨で塗られるようだった。


それでも、母親の話を聞き、今は何もできることがないということが分かり、しばらくして、動転した気分が立て直されてきて、電話を切った。
指が震えて、終話ボタンから外れたところに指が落ちた。

上司を呼び、早退と、来週の勤務について相談したが、ニュースみたいな「父が危篤になりまして」という聞きなれた凡庸な言葉が、こんな苦しい情緒から絞り出されるセリフだとは知らなかった。
人間の声は、こんなにドラマみたいに震えるのだと、知らなかった。



私は、いま実家にいる。

数日以内に、何らかの家族での判断が必要になる可能性が高いという医師の話があったからだ。

ただ、コロナの都合で、一切の見舞いが禁止されているらしい。
何か大きな変化がない限り、私は父に会えない。


夕方6時には、母親、おとうと、私が家に集まり、今後に起きうる展開と、それに各々がどう対応するかを何時間か話した。
皆、あまりのストレスに、話続けないと不安になるせいで、12時近くまで話し続けた。





私は、自分ひとりだけでは、これを越えられる気がしない。
一人だけで越えられないものを、初めて知った。

家族というものの、なんたるかと、
突然、今日、家族を奪われた人の、なんたるかが、
私の中で渦巻いている。


多くの人の親は、子供より先に無くなる。
こんな慟哭を、世の中のほとんど全ての人が体験しているなんて、私は信じられない。
なぜ、普通な顔して、生きていられるのか。


涙が止まらない。
泣いてどうにかなることでは無いというのに。






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