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honjitu no hirose

広瀬ヒロ

虚空に向かい思考を吐露して17年。 伴侶は孤独、幼なじみは希死念慮、命を支える偉大な信仰、降谷零。 自己葛藤から抜け出せない永遠のモラトリアム中年。引き続き、七転八倒をお楽しみください。

昆虫には教養がない


弊社のある事業に、高等教育を扱ってる部門がある。
この事業部は、事業の性質から超高学歴者が多く、国策絡みの案件を扱うエリート部門だ。

その部門について、数年前、ある社員が口にした言葉が印象的だった。

「あそこ人間は、上が右と言えば右、左といえば左。経緯とか文脈とか何も考えてないから、迷いのなさが凄い。ほぼ虫!笑」

彼らは学歴が高いことから、子供の頃から恵まれた親のもと、しっかりした教育を受けてきた人材だ。
IQも高いし、会話をしていても論理思考力の高さがうかがえる。
でも、彼らはIQが最も低い生き物の代表である「虫」に例えられてしまう。

もちろん、この社員が個人的な恨みで「虫」と言っていた訳ではない。
私自身もその部門の社員には言いようの無い気持ち悪さをずっと抱いていたから、その表現を聞いた時には膝を叩いた。

考えると、最近の政治家や組織の不祥事を見ていると、世の中のエリート層には思う以上に虫が多い。
きっと思考としては、

金が欲しい!
これをやれば金が手に入る!
よし、やろう!
なんか怒られた!
めんどくさい!
自分悪くないから謝りたくない!
全員無視!

位のものなのだろう。

こういった思考の短絡性は、犯罪者や低教育者などにありがちだとおもう。
しかし、彼らは少なくとも日本人の上位数パーセントしか受けられない高等教育を受けた、高IQ者である。
家庭に恵まれ、マナーもきちんとしており、しっかりした情操教育を受けたはず。

でも、なぜそんなにも恵まれながら、こんなにも「虫」なのだろう。
なにが彼らを「虫」たらしめているのだろう。


このずっと頭の片隅にあった謎について、ある時とても分かりやすい答えを見つけた。


「地位はあるけど教養がない」人たちの末路


教養というのは、定義が難しい。
なぜなら、知識人層含めた日本人のほとんどに教養がないから。
それどころか、今の日本では無教養な人間を頭がいいと思っている風潮さえある。

この話では、教養を哲学と述べているが、
教養を私なりに考えると「知識や情報を、自分と社会を存続させるために使う力」辺りかなと感じている。
歴史について詳しくても、それがただの暗記的情報なら、それは無教養である。
歴史を学んで、どうやったら戦争をしない世の中になるか考えること、自分の生活に落とし込むことが教養だ。

そして、自分の利益が+20、周りの利益が-5になる選択肢と、自分の利益が+10、周りの利益が+5になる選択肢があった時、後者を選ぶのが教養のある人といえるだろう。

人の恨みを買っていれば、いずれその仕打ちを受けるし、直接的な被害はなくても、誰かが常に周囲に損害を与え続ける社会は、回り回って自分の首を絞める。
それを言われなくてもわかるのが、教養だろう。

こうして考えると、無教養な人には、俯瞰的かつ、時間軸ふまえた、四次元で世界を捉え、トータルとして全体の利益が出るか、考える力がない。
社会で生きることに対する計算が極端に下手なのだろう。
(言うまでもないが、この時の利益は金銭だけの話では無い、社会益を含めた利益を指す)


最近見た、生きることに対する計算がめちゃくちゃ下手くそな事件と言えば、宝塚の報告書の第一報や松本人志のツイートだと思う。

「やったことは最悪というのは変わらないまでも、大人しく謝るか黙ってればいいのに、あえて自分から「俺は悪くねーから!!」と叫び回って騒ぎを大きくし、自ら溶鉱炉に突っ込んでいくの、なんで…面白すぎる」

と普通に困惑したが、おそらく当人たちは、社会(周囲)を損させても絶対に自分が得したいという無教養さで生きてきたから、今まで大人しかった社会から怒られたことに驚いたのではなかろうか。



西欧には、教養が育まれやすい土壌が存在する。

それは、キリスト教的なアガペー(慈愛)の価値観や、社会と自分は神の子としての共同体であるという素地、布教のための芸術文化、ルネサンス以降の神の子では無いとしたら自分たちはなんなのだ?という疑問から出発した西洋哲学などがもたらしたものだろう。

一方、日本にはなぜそういった文化風土がない。

あまり詳しくないが、おそらく戦前の日本には、日本なりの土着信仰や菊と刀に記されるような「日本人の矜恃」があって、西欧のそれとは違う日本なりの教養が社会規範として存在していたのではなかろうか。
それが日本の戦後教育の過程で、換骨奪胎というか骨抜きにされ、今の日本の無教養主義が作られたのかもしれない。



以前も無教養な人間について書いたことがあるが、
https://hirosehiro.com/blog-entry-1627.html
このときは、無教養は低知能が原因だと思っていた。

しかし、そうでは無い。
頭のいい人にも、地位の高い人にも、無教養者はたくさんいるのだ。

だからこそ、人権や社会倫理の問題について自己解決ができず、よその国から白い目で見られて慌てて是正するという、ダサいことを繰り返しているのだろう。

日本の輸入率は高いが、教養さえも輸入に頼る国というのは、なんとも薄ら寒い。




生きることへの抵抗力 →

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