男子小学生がふたりであそんだ話
昨日は知人が九州から来たので、接待してきた。
実はこのブログを読んでくれてた人で去年一回だけあってたんだけど、何の縁か今年もあうことに。
なんと、午後休をとる気の入れよう。
16時に集合して、美味しいレバ刺しが食べたいというので高田馬場の座豚でさくっと食べる。

この時点でまだ5時。すばらしすぎる。死んじゃう。
地下鉄で銀座駅下りたら、ラスクのハラダの列が奇跡的に大して並んでなくて、
相手も食べたことないというのでさらっと並んで購入。

白ラスクは良いんだけど、このオレンジ色のが凄いおいしい。
一時売れすぎで全然出回ってなかったけど。
中央が凹んだふわふわなチョコ生地?に、チョコが湖みたいに入ってる。
冷やして食べるのとあっためて食べるのどっちだっけ?って忘れてたけど、
あっためると超美味しい!!
チョコの湖が溶けて、ザッハトルテみたいになる。奇跡の食べ物。
その後、もう何年も行きたかった銀座のベルギービールパブファボリへ。

昔は銀座の大人がオシャレに騒ぐ隠れ家だったのに、特段普通な感じだった。
これは昔は小娘だったから何を見ても銀座凄い!っ手思ってただけなのか、どうなのか。
でも、プリンセスクラウンの酒場

を彷彿とさせる感じは楽しい。
しかしここのムール貝のワイン蒸しは最強。
そのあと、東銀座のバー、クリッパーへ。
ここも4年ぶりくらい。

前はオーナーが自らちょくちょくウィスキーの買い付けいっちゃうものだから、
半月以上休むことがざらにあって滅多に入れない店だったんだけど、
最近は真面目に営業してるっぽい。
お店は昔どおり超高級感溢れる大人のバーだけど、
店員が変わったせいもあって、ジーパンスニーカーで入れる気軽さが良い感じ。
ちょっとだけウィスキー飲んじゃった。えへ。
だって珍しいやつが安かったんだもん。
考えれば、人生のことについて話すことに興味がある人って、あんまりいないですよね。
そういう人のほうが圧倒的に少なくて、10人いたら1人いれば良いほう。
いても、そういう話になることって滅多にないから、初期のピカチュウ並みに遭遇するのが難しい。
だからそういう話をできるのはとっても貴重で、色々思うこともあったんだけど。
中々興味ぶかかったのは、
たとえば別居婚はうまくいきにくい印象があるけど、同居してたってうまくいかない夫婦はいくらでもある
本人にマッチするかどうかはまた別の話だから、確率的な要素を元に判断するのはあぶない。
っていう。
世の中の当たり前を鵜呑みにするなと言う、なんにしてもいえる話。
そして、もうひとつ思ったのは。
わたしたちは、それこそ、小学校が終わったら、ランドセルを玄関に投げて速攻で友達の家に遊びに行くような男子小学生と一体何が違うのかって話で。
やりたい事に一生懸命でそれ以外のことなんて気にしてる余裕ないわけです。
大人になってもそんなふうに生きてる、そういう人間が、自分以外にも世の中にはいるってわかっただけで、ちょっと心強いなと。
全然話が変わるけど、暗黒期に、自分の人生にフラストレーションを感じてた私に対して、
そのときのリーダーが、
「昇給とか昇格とか外的要素をを自分の成長評価にすると、それは挫折のもとになる。
自分の成長という絶対評価で自分を見たほうが良い」
という話をしていて、1年間ずっとそれにモヤモヤしてたんですね。
それが正しいのかどうなのか判断つかなくて。
そして、いつしかそういう思考にたどり着くときが来るかもしれないけど、
それは挫折のいいわけの手段としてではなく、きっと自然到達的に感じるもので、まだそれには当分早いんだろうなと。
帰り道、一人であるきながらそんなことを思った、2月の下旬の全くまとまりのない話でした。
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